医学・科学系のニュースサイトで知った、非メンデル遺伝のメカニズムの一つが解明されたという記事。
■遺伝情報はDNA以外によっても伝達される(Dr 赤ひげ.COM)
ヒトゲノム(ヒトが核内にもつDNAの1セット)に存在する何千もの遺伝子はすべて、両親からそれぞれ1コピーずつ受け継いだ2つのコピーが1対になっている。通常、1対のそれぞれの遺伝子は、いずれも互いに独立して機能する。しかし、まれに異なる染色体上にある遺伝子や、異なる世代の遺伝子間の影響がみられることがある。
このような奇妙な現象を説明するため、Nice Sophia Antipolis大学(フランス)の研究グループは、マウスのKit遺伝子に着目した。正常なKit遺伝子と変異型Kit遺伝子を1つずつ有するヘテロ接合マウスは、尾の先端に白い斑点がある。これを正常なマウスと交配させると、変異型遺伝子をもたないはずの子孫にも、依然としてヘテロ接合マウスと同じ斑点がみられる。
研究グループは、オスの精細胞の前駆細胞が変異型Kit遺伝子を有し、この遺伝子DNAから作られた変異型RNAが次の世代に伝達されるという仮説を立てた。この仮説を確かめるため、変異型RNAを含む組織から抽出したRNAをマウスの受精卵に注入したところ、斑点のある仔が生まれたという。
私の勤務するケチクサイ病院ではNature誌の購読をやめてしまったので、原著にあたれない。原著のAbstract(■RNA-mediated non-mendelian inheritance of an epigenetic change in the mouse)だけは読めたが、手に入る情報からは、遅滞遺伝の特殊な事例に過ぎないように私には思える。メカニズムまで解明してあるし、Nature誌に相当するというのはそうなのだろうが、「植物だけでなく動物でもDNA以外で遺伝情報が伝達される!」とか今更言わなくても、すでに遅滞遺伝として知られていたのではないかと思うのだ。確かに、原著のAbstractには別に「動物初!」みたいなことは書いていない。
遅滞遺伝の有名な例は、モノアラガイである。高校の生物の教科書にも載っている。モノアラガイでは貝の巻き方(左巻きか右巻きか)に多型があり、ある個体の貝殻の巻きは、母親の遺伝型で決定される。母親の貝殻の巻きは母親の母親の遺伝型で決まるので、見た目、メンデルの法則に従わないように見える。確か、卵子の細胞質が影響しているというところまでわかっていたはずで、「遺伝情報はDNA以外によっても伝達される」事例はずっと以前より知られていたのだ。
今回のマウスが通常の遅滞遺伝と異なるところは、母親だけでなく父親の影響も受けるようであること。興味のあるところは、変異型遺伝子を持たないが尾に斑点を持つ個体の子孫がどうなっているのかである。記事を読む限りでは、変異型Kit遺伝子を持たないのでこの個体は変異型RNAをつくることができず、次の世代の尾には斑点はないと予測される。誰か本文を読んだ人は、そのあたりの記載がないか教えてください。
「変異型遺伝子を持たないが尾に斑点を持つ個体」の子孫もずっと尾に斑点を持つのであれば、単なる遅滞遺伝ではなく、なにかもっと別に特別なことが起こっていると言えよう。RNAが逆転写されてゲノムDNAに組み込まれたとか、RNAが自己複製を行っているとか。2005年に話題になったシロイヌナズナの非メンデル遺伝の話(参考:■クレソンは遺伝学の教科書をひっくり返します)は、単に親の遺伝型が子の表現型に影響を与える(それだけだと遅滞遺伝)というだけでなく、子孫のゲノムDNAを書き換えるという話だった。