NATROMのブログ

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彼、けものども、鳥ども、魚どもと語りき


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■ソロモンの指環―動物行動学入門 コンラート ローレンツ (著), 日高 敏隆 (訳)


旧約聖書の述べるところにしたがえば、ソロモン王はけものや鳥や魚や地を這うものどもと語ったという。そんなことは私にだってできる。ただこの古代の王様のように、ありとあらゆる動物と語るわけにはいかないだけだ。その点では私はとてもソロモンにはかなわない。けれど私は、自分のよく知っている動物となら、魔法の指環などなくても話ができる。この点では、私のほうがソロモンより一枚うわてである。(ハヤカワ文庫版P117)

子供の頃、ドリトル先生シリーズは私の愛読書のひとつであった。動物と(虫や貝や魚とすら)話ができるのは素晴らしいことだ。ただ、ドリトル先生は小説の中の人物である。現実には人間は動物とは話はできないと思っていた。しかしこの本によれば、ローレンツという人は動物と話ができるという。小説の中の話ではない。ノーベル賞を受賞した科学者が書いた本なのだ。むろん、ドリトル先生のように自由に会話できるわけではない。ハイイロガンやワタリガラスのような群れをつくる鳥類が発する生得的な音声を理解しているということなのだ。


なぜか4冊ある「ソロモンの指環」

私の家には、「ソロモンの指環」が4冊ある。大人になってから買ったハヤカワ文庫版、妻の父が買った分、実家に昔からあった分、あとの一冊はなぜあるのかわからない。もしかしたら繁殖したのかもしれぬ。実家にあった分には、おそらく母の字であろう、このような書き込みがあった。



[兄の名] 10才 誕生日
おばあちゃまよりプレゼント
おばあちゃまGJ!

兄の誕生日に祖母から贈られたものだった。祖母は別に理系というわけでもなく、帯の「ノーベル賞受賞のローレンツ博士が動物の行動を描く世界的名著!」というキャッチコピーにつられただけかもしれない。しかし、子供に自然に対する興味をかきたたせるのに、これほどよい本はないだろう。少なくとも、弟のほうは、この本から多大な影響を受けた。ローレンツは、自然を愛し、生物の美しさを伝えるのに、はばからなかった。


私は九歳のとき、こんな道具で私の最初のえものであるミジンコをつかまえた。そしてそのとき、淡水の池のおどろくべき世界を見出したのであった。それ以来、この世界の魅力は私をひきつけて放さない。水網につづいてルーペ(虫めがね)がほしくなる。そのつぎは小さな顕微鏡だ。こうして私の運命は、もはや変えようもなく定まってしまったのであった。なぜなら、ドイツの詩人プラーテンもいうとおり、この目で美をみたものは死の手にゆだねられることはないけれども、自然の美しさを一度でもみつめたことのあるものは、もはやこの自然から逃れることはできないからである。そのような人間は詩人か自然科学者のいずれかになるほかはない。もし彼がほんとうに目をもっていたならば、彼はとうぜん自然科学者になるだろう。(P24)

引用してみて改めて気付いたが、ローレンツも結構すごいこと言っている。ただ、自然科学について優れた本は、多かれ少なかれ、こうした部分がある。自然科学が人を惹きつけるのはその美しさゆえなのだ。私の子供時代の読書傾向も、だんだんと自然科学系の本が多くなってきた。高校生になって、セーガンやアシモフやファインマンと出会うことになるのだが、自然の美を私に教えてくれたののはこの本が最初である。