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3囚人問題と認知科学


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■確率の理解を探る―3囚人問題とその周辺 市川 伸一 (著), 日本認知科学会 (編集)

3囚人の問題を、諸君らも一度くらいは目にしたことがあるだろう。答えを聞いて、そのときは理解したようなつもりになっていても、本当に理解しているとは言えない。私も、本書を読むまでは間違っていた。正しく答えられる人はたくさんいるだろうが、じゃあ、いったいなぜその答えが正しいのか、きちんと答えるのは難しい。


3囚人問題(オリジナル) 3人の囚人A、B、Cがいる。1人が恩赦になって釈放され、残り2人が処刑されることがわかっている。だれが恩赦になるか知っている看守に対し、Aが「BとCのうち少なくとも1人処刑されるのは確実なのだから、2人のうち処刑される1人の名前を教えてくれても私についての情報を与えることにはならないだろう。1人を教えてくれないか」と頼んだ。看守はAの言い分に納得して「Bは処刑される」と答えた。それを聞いたAは「これで釈放されるのは自分とCだけになったので、自分の助かる確率は1/3から1/2に増えた」と喜んだという。実際には、この答えを聞いたあと、Aの釈放される確率はいくらになるか。[ただし、看守は嘘をつかないし、囚人BおよびCがともに処刑される場合には、1/2の確率でBかCかの名前を答えるものとする。]
数学的にはベイズの定理を用いて答えを導ける。場合分けして可能性を数え上げても、ベイズ解と同じ答えが導ける。しかし、直感的には1/3なのか1/2なのか迷うのではなかろうか。答えを聞いても、なんとなく釈然としない感じが残ることであろう。一応は納得したとしても、その納得の仕方は果たして正しいのだろうか。「いーや、俺様は正しく理解している」と思う方は、次の問題にチャレンジしてみよう。


変形3囚人問題 3人の囚人A、B、Cがいて、2人が処刑され1人が釈放されることがわかっている。釈放される確率は、A、B、Cそれぞれが1/4、1/4、1/2であった。だれが釈放されるか知っている看守に対し、Aが「BとCのうち少なくとも1人処刑されるのは確実なのだから、2人のうち処刑される1人の名前を教えてくれても私の釈放についての情報を与えることにはならないだろう。1人を教えてくれないか」と頼んだ。看守はAの言い分に納得して「Bは処刑される」と答えた。さて、この答えを聞いたあと、Aの釈放される確率はいくらになるか。[ただし、看守は嘘をつかないし、囚人BおよびCがともに処刑される場合には、1/2の確率でBかCかの名前を答えるものとする。]
自力で答えたい人もいるだろうから、解答は一番最後に。この本の主題は、この解答が正しいかどうかではない。解答の正しさそのものではなく、いったいなぜ3囚人問題は難しいのか、どのような心理が働いて誤答してしまうのか、正しい解答を聞いても直感的に納得しがたいのはなぜか、どのように説明すれば納得しやすいのか、という問題を本書では扱っている。認知科学とか、認知心理学とか言われている分野の問題だ。

そもそも、変形3囚人問題が作られたのは、オリジナルの3囚人問題の納得の仕方が正しいのかという問題を検討するためである。「BとCのうち、どちらかが処刑されることはわかっているのだから、その名前がわかったところでAには関係ない」という納得の仕方は誤りである。「そもそも、質問したくらいで釈放の確率が変わるなんて虫が良すぎるだろ。『釈放されるのは自分とCだから自分の助かる確率は1/2』って、『サイコロの目は6が出るか出ないかのどちらかだから、6の目が出る確率は1/2だ』って考える馬鹿だろう」と私なぞは当初考えていたが、これも正しい理解ではなかった。これでは、オリジナルの3囚人問題では正答できるが、変形3囚人問題では誤答してしまう。多くの人に問題を答えてもらう心理実験によって、被験者がどのような誤りに陥りやすいのか推測できる。ちなみに、変形3囚人問題の解答では、1/3という答えが多かったそうだ。

他にも、素材を身近なものに変える(たとえば、囚人ではなく夕食のオカズを推測する同型の問題では正答率はどうなるか)、釈放か処刑かという一回きりの事象ではなく繰り返し問題にすればわかりやすくなるか、といった実験を紹介している。こうした実験は、数学的に正しい解と直感的な解との間の乖離の原因を理解する助けになるだろう。人間の直感はきわめて優れたものではあるけれども、ときには誤りに陥る。しかし、どのような誤りに陥りやすいのか、ということを知っているのと知らないとでは大違いだ。


しかし、数学的な解をいわば「御信託」として鵜のみにするのではなく、論理的なステップを追って確認することと、直観的な判断とのダブルチェックをかけるというのは、知的システムとしてより頑健なやり方である。直観的にどうも変だと感じたからこそ、前提の決め方や途中の展開のおかしさが発見されることは少なくない。そのためにも、より洗練された直観を得ることは必要になってくる。私たちがもつ、「わかりたい」「納得したい」という強い動機づけは、そのようなシステムがより適応的であり、その方向へと人間を誘っているものとみることができるのではないだろうか。(P91)






3囚人問題(オリジナル)の解答: Aの釈放される確率は1/3
変形3囚人問題の解答: Aの釈放される確率は1/5。どうだ、納得いかねえだろう。