NATROMのブログ

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ラクトフェリンがC型慢性肝炎に効果?


■C型肝炎に乳成分が効果、横浜市大が確認(読売新聞)*1


 インターフェロンなどの治療薬が効きにくいC型肝炎患者に、母乳や牛乳に含まれるたんぱく質「ラクトフェリン」の錠剤を投与したところ、患者の4人に1人はウイルスが消える効果のあることが、横浜市立大学市民総合医療センターの田中克明教授らの臨床試験でわかった。
 ラクトフェリンは、食品としては粉ミルクなどに加えられている物質。田中教授らは、インターフェロンが効きにくいウイルス(1b型)に感染したC型慢性肝炎患者40人の協力を得て、臨床試験を行った。1つのグループには、治療薬のインターフェロンと抗ウイルス薬リバビリンに加えて、ラクトフェリン錠剤を投与、残りの患者には2つの治療薬と、ラクトフェリンの入らない偽薬を投与した。
 半年後に治療薬の投与をやめ、さらに半年経過した時点で効果を調べたところ、ラクトフェリン錠剤をのんだ患者の26%はウイルスが消失し、偽薬をのんだ患者のウイルス消失率(約15%)より1・7倍高かった。また肝機能改善にも大きな効果が見られたという。


ラクトフェリンはおそらくは無害で、効果のある可能性があるのなら使用するのもいいだろう。しかし、この記事にはイロイロ問題点がある。まず一つ目。「患者の4人に1人はウイルスが消える効果」とあるが、それはラクトフェリンの効果ではない。記事をよく読めばわかるように、インターフェロン+リバビリンの効果である。インターフェロンの効きにくい1b型に対する従来のインターフェロン+リバビリン療法を半年(24週)続けた場合のウイルス消失率*2は、報告によっても差が有るが、だいたい20〜30%というところである。ラクトフェリン錠剤投与群でのウイルス消失率26%というのはごく普通の数字である。むしろ、非投与群における約15%という数字が悪い。これはおそらく、母集団が小さいゆえのゆらぎであろう。二つ目の問題点は、nが小さすぎることだ。

「患者40人」とだけあって、投与群と非投与群がそれぞれ何人なのか記載がないが、仮に20人ずつと仮定して、20人の26%と15%が概ねどのくらいかというと、5人と3人である*3。n=40ぐらいでは何も言えなさそうなことが、直感でわかるだろう。この仮定でフィッシャーの正確確率検定してみたら、P= 0.70と出た。仮にラクトフェリンにまったく効果がなくても、実験を100回やったら70回くらいは、これくらいの差は偶然に出るということだ。一般的にP<0.05で、統計学的有意差があるとみなす。ギリギリで有意差が出なかったというレベルではない。この記事の適切な見出しはこうだ。「C型肝炎に乳成分が効果、有意差を確認できず」。「ウイルス消失率が1・7倍高かった」ってのは、ただの煽り文句。記者が勝手に計算したのではなく、研究者がそう言っていたとしたら、その良心を疑う。

ラクトフェリンをインターフェロンと併用することで、ウイルス消失率が改善するという証拠は得られていない。しかし、ラクトフェリンを併用するリスクは小さいと考えられるので、併用するという選択はありだと思う。ウイルス消失まではなくても、肝炎を軽減する効果については、いくつか報告があるようだ。問題は、読者をミスリードする記事だ。肝臓を専門にする医師にちょっとチェックしてもらうだけで、だいぶマシな記事になったであろうに。

ちなみに、今現在、日本で可能な、難治性のウイルスタイプ1b型・高ウイルス量の慢性C型肝炎に対する治療は、ペグインターフェロン+リバビリンの48週投与である。手元にある製薬会社の資料では、ウイルス消失率は47.6%(121/254)。製薬会社の言うことだから割り引いて考えて、海外の知見とあわせると、40%前後のウイルス消失率が期待できる。

*1:URL:http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20050114i301.htm

*2:SVR(Sustained Virological Response)率という

*3:これだと投与群のウイルス消失率が26%ではなく25%になってしまう。いろいろ数字を動かしてみたけど、ピッタリ26%と15%となる組み合わせは見つけられなかった。15%ではなく約15%てのがミソなのかな。いずれにしろ、これくらいの数字では統計学的有意差は出ない