NATROMのブログ

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トンデモに騙されないために

この調子で指摘していくと、いくら時間があっても足りない。牧野の議論は基本的には無知に基づいたもので、まともな考察に値しない。事実、進化生物学者で牧野を論じている人は、私の知る限りいない。不幸は、進化生物学について不案内であるがゆえに、牧野の主張になにがしかの意味があると誤解してしまう人たちがいることである。これは、相対性理論は間違っている系の主張、現代医学は間違っている系の主張にも通じるところがある。

たとえば、その辺のオヤジが、「俺はものすごいピッチャーで、イチローを三振にとることなど簡単にできる」と言ったとしよう。これを信じる人はいるだろうか?その辺のオヤジでなく、社会人野球リーグのメンバーだったらどうか。それでも、信用する人はいないと思われる。ところが、自然科学の世界になると、同様のことを信用してしまう人がいる。ダーウィン進化論や相対性理論といった確立された学説を根拠を持って否定し、代替説を提示することができれば、科学の世界のスーパースターになれる。しかし、一般書でダーウィン進化論や相対性理論を否定してみせた人は数いれど、科学界で評価されている人はいない。

冒頭で述べたように、科学の世界では新しい説は相互評価にさらされるというルールがある。科学雑誌に論文を載せるためには、通常、まず査読者から評価される。論理の誤りや飛躍、説明・データ不足があれば突っ込まれる。そうした突っ込みにきちんと答えられたものだけが論文として掲載される。それは相互評価の始まりに過ぎない。多くの研究者の目に留まり、追試され、議論され、修正され、次第に学説が受け入れられり棄てられたりする。こうしたシステムが確立して以来、ルールを逸脱した学説が最終的に評価を勝ち得たという例を私は知らない。

ひるがえって、たとえば牧野が提出するような「学説」はどうだろうか。第三者の評価を経たであろうか。牧野の「学説」を論文にして、進化生物学の学術誌に投稿するとどうなるか。査読者のチェックが入って掲載されないか、大幅な修正を要求されるだろう。内容がどうしようもなく間違っているからだ。しかし、一般書にして発表することはできる。進化生物学に詳しくもない編集者と読者が相手だ。内容の間違いは気づかれない。

ここから、いくつかの教訓が導かれる。まず、一般書の内容を鵜呑みにしないこと。あなたがもし、進化生物学に詳しくないとしたら、進化生物学について書かれたその本の内容の是非を正しく判断できるとは限らない。一般書の中には、専門家によって書かれた良書もある。あなたがもし、その分野について正しい知識が知りたいのであれば、まずは専門家からも評価されている本を、できれば複数読むべきである。センセーショナルな内容(たとえば「ダーウィン進化論は間違いである」「爪をもむだけで末期がんが治る」など)が書かれていた場合、「その内容が事実だとしたら、いったいなぜ他の専門家によって支持されていないのか?」と考えよう。陰謀論に陥らない限り、正しい判断ができるはずだ。