NATROMのブログ

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変異のランダム性

遺伝的変異の起源について、牧野は「ランダム変異説」と「体系的変異説」を対比させる。


まず最初に、遺伝的な変異がランダムに起こるというのだったら、それらは、結果的にそれが有利になるケースばかりでなく、著しく不利になったり、あるいは無益だったりするケースにも、まったく平等に起こるはずではないか、という疑問に答えてもらおう。(P27)
生存に不利な突然変異は起こっているけど何か?現実に観察してみると、ダーウィン進化論が予想するように、ほとんどの突然変異は不利もしくは中立である。特に、大きな突然変異*1で生存に有利なものは皆無といってよい。

もしクジラのように、偶然の突然変異で陸棲四足獣の肢が鰭に変わり得るものならば、類似の変異は他のあらゆる哺乳類にも同様な確率で生じてもよいはずである。ウシだってネズミだってヒトだって例外ではない。ところが、そんな変異の実例が報告されたことがかつてあっただろうか。もちろん一回の突然変異で一足飛びに肢が鰭へと変わってしまうものでもないだろうから、初発段階はごく軽微な変化で、外見上見分けがつかないほどのものだといういいわけはできる。しかしいかに軽微な変化といてども、クジラの場合それは”より多くの子を残せる”ほど適応上有利だったがゆえに自然選択によって助長されたわけであるから、外見上まったく見分けがつかないなどということは考えられない。
肢の変異は観察できるけど何か?集団内に変異が見られる形質は珍しくない。ダーウィンからして、自説の根拠として、集団内に遺伝しうる変異が存在することをあげている。牧野の言うように、生物が”考えて”進化するのであれば、有害な突然変異や集団内の遺伝的変異はどのようにして説明されるのであろう?そもそも、牧野はダーウィン進化論でいう、「ランダムな」という意味を理解していない。突然変異には、発生学的・歴史的な拘束があり、その意味において「ランダム」ではない。そのことはあらゆるダーウィニストが認めている。ダーウィン進化論でいう突然変異のランダムさとは、要するにこういうことである。ドーキンス「ブラインド・ウォッチメイカー(下)*2」より。

ほんとうは多くの点で突然変異はランダムではない。要するに私が言いたいのは、これら多くのランダムでなく起こる突然変異においては、なにやら動物の生活を向上させると予測されるようなものは何も含まれていない、ということでしかない。(p215)
(中略)
もし「ランダムな突然変異」を、突然変異が外的な出来事に影響されてないという意味で理解しているなら、突然変異がランダムだという主張はX線によって反証されている。もし「ランダムな突然変異」を、どの遺伝子も突然変異を起こす率は等しいという意味だと考えるなら、ホットスポットが突然変異はランダムでないことを示している。もし「ランダムな突然変異」を、どの染色体の遺伝子座でも突然変異圧はゼロであるという意味で解釈しているなら、やはり突然変異はランダムではない。突然変異が真にランダムであるのは、「ランダム」という言葉を「体の改善に向かうような偏りは一般に存在しない」という意味において定義するときだけにかぎられている。(p216)
牧野のいう、「体系的変異説」に相当する、「体の改善に向かうような偏りをもたらす突然変異」で、一般的に十分に認められたものはない。実際に観察される突然変異のほとんどすべてが、ダーウィン的な意味で、ランダムなのだ。

*1:ダーウィン的な意味で「大きな」突然変異

*2:新装されて現在は上下巻まとめて「盲目の時計職人」となっている