NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

高気圧空気チャンバー

川崎重工グループが、血液中の酸素量を増やして健康増進を図る高気圧空気チャンバー「Dream-Plus」を開発したのだそうだ。


 高気圧酸素療法は、気圧の高さに比例して液体中に溶け込む気体の量が増える「ヘンリーの法則」を利用した療法です。血液中の酸素は、ヘモグロビンと結合した結合型酸素と、血液中に溶解した溶解型酸素の2つの形態で存在します。呼吸によって取り込んだ酸素は、血液中のヘモグロビンと結合し、身体の各部位に運ばれて消費されます。このため身体が酸素不足でも、ヘモグロビンの量以上の酸素を体内に取り込むことができません。
 今回開発した「Dream−Plus」は、カプセル内で利用者に大気圧(1.0気圧)より高い1.3気圧の清浄な空気を送り込むことで、血液中の溶解型酸素量の増加を促進します。これにより体のすみずみまで酸素が行き渡り、細胞を活性化して身体機能を高めることで、神経系をリラックスさせ、疲労やケガの回復、美容、老化予防、ダイエットなどさまざまな健康増進効果が期待できます。またカプセル内に音楽を流すことにより、利用者へのリラックス効果をさらに高めることができます。
http://www.khi.co.jp/khi_news/2004data/c3040715-1.htm

エビデンスはあるのか。そもそも、ヘモグロビンに結合していない状態の酸素量(引用した文章でいう「溶解型酸素」)は微々たるもので、動脈血中の酸素のせいぜい1%強である。血液中の酸素の大半はヘモグロビンと結合している状態で運ばれる。酸素分圧を上げることで「溶解型酸素」の量を増やしたところで、全体としての酸素量はほとんど変わらない。引越しのとき、トラックが荷物の99%を、人が荷物の1%を運んでいるときに、人の数を2倍に増やしたところで全体の効率はほとんど変化がないのと同じである。ましてや、気圧を1.3気圧に変えた程度で、「体のすみずみまで酸素が行き渡る」ようになることはない。

そもそも、貧血がなく呼吸・循環が普通の人の「身体が酸素不足」になることなどはないので、ヘモグロビンの量以上の酸素を体内に取り込むことができなくても一向にかまわない。医療の場で、一酸化炭素中毒に対して、高圧酸素療法を行うことはある。その場合、「体のすみずみまで酸素が行き渡る」ことを目的としているわけではない。ヘモグロビンから一酸化炭素を離すのが目的である。貧血があったり、呼吸・循環に問題がある人の身体は酸素不足になっているが、その場合でも高圧をかけたりはしない。吸気中の酸素濃度を上げることで対応する。

この「高気圧空気チャンバー」が効果があるとしたら、酸素を身体に行き渡らせることによる効果ではなく、暗示による効果であろう。医学的には意味のないビタミン注射によって疲れがとれたと感じるのと同じである。「細胞を活性化して身体機能を高める」などと吹き込まれていたら、実際にはほとんど意味のない行為によっても、リラックスしたと感じるようになる。そうしたものに高い金を払うのは自由だ。誰でも、お金をドブに捨てる権利はある。しかしながら、国際的には安い日本の医療費に対して、高いと文句をつける人がいる一方で、こうしたインチキには喜んでお金を出す人がいるのは、奇妙なことだ。

この日記を書くにあたって、「溶解型酸素」「高圧酸素」などのキーワードで検索してみたが、思いのほか、医学的根拠のない「高圧酸素療法」が流行っていることに気付いた。自分の頭で考えるよりも、誰か有名なスポーツ選手が行っていたという情報を重視する人が多いのであろう。自分の頭で考えよう。高気圧空気チャンバーはなぜ意味がないのか説明させるのは、医学生によい勉強になるだろう。参考にするなら、きちんとした生理学の教科書を読もう。オンラインでは、世界的に有名なスミルノフ教授による

「PaO2」は酸素の量でも濃度でもない(PDFファイル)

がたいへんに参考になる。「6.Hbと結合する酸素の量」あたりが今回の話と直接関係する。