NATROMのブログ

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nagaya2013さんの質問にお答えします

nagaya2013さんからツイッターで質問があったのでお答えします。他の方からの質問も歓迎します。ただ、ツイートを転載するのは面倒なので、コメント欄で質問していただければありがたいです。



最速症例の潜伏期間、2年前に5mm以下の症例の手術は過剰診断か、手術介入基準(2022年4月18日)



Q.小児甲状腺がんが自覚症状を持つまでの潜伏期間は早いものでどのくらいですか。

A.「いつから」が明示されていませんので答えられませんが、nagayaさんの意を汲んで「超音波検査で検出可能になってから自覚症状を持つまでの潜伏期間」として答えるならば、早ければ数か月間という例もありうるであろうと個人的には考えます。検診なしでは小児甲状腺がん発生率は1-2人/100万人年ぐらいですが、こういう症例の中にはものすごく進行が早いものがあります。

なお、このような質問の背景には、「進行の早い症例の存在が甲状腺がん検診を推奨する理由になる。反対者は進行の早い症例を無視しているのだろう」という誤った考えがあると思われます*1。進行の早い症例は、確かに過剰診断ではないでしょう。しかし、そのような進行の早い症例を検診で早期発見し、早期治療したからといって予後の改善が期待できるのでしょうか。私はできないと思います。成人甲状腺がんではできませんでした。小児甲状腺がんならできるのですか?成人よりも小児のほうが成長が早いって言っていませんでした?そうした症例を早期発見・早期治療したとして、何度も再発して複数回の治療が必要になるでしょう。とくに抑制的な治療介入方針の場合は。


Q.福島では検査1巡目に5ミリ以下で2年後に手術適応になった例が多いですが、これは手術の不要な過剰診断ですか。

A.多くは過剰診断だと考えます。理由は複数ありますが、たとえば、福島県での非検診群あるいは隣接した地域の小児集団において臨床的に診断された甲状腺がんが多発していないからです(臨床的に診断された甲状腺がんないとは言っていないことに注意。そりゃ少数ならありますよ。多発があると主張するなら定量的に述べてください)。

そもそも、「2年で2倍以上に進行して手術したものについては過剰診断ではない」という主張こそが、根拠の提示が要求されます*2。想定されたスピードでがんの増大がずっと続くと単純に根拠なく仮定しています。成人ではこのような単純な仮定が誤りだとわかっています。小児甲状腺がんが成人と違う可能性があるとして、断定的に述べられるだけの根拠は提示されていません。あるいは、小児が成人と違う可能性が正しいとするならば、いまの抑制的な治療、検査基準は成人甲状腺がんの知見を元にしているので不適切です。「抑制的にではなくどんどん手術すべきだ」と主張しないのはなぜですか?2年待たずに治療介入すればいいでしょう?だって、想定されたスピードでがんの増大がずっと続くわけですから。nagayaさんをはじめとした検診推進論者はダブルスタンダードです。


Q.小児甲状腺がんの診断と手術介入基準はどういったものがいいと思いますか。

A.とりあえず現状でよいです。変えるのは検診のほうです。何度もご指摘したことですが、nagayaさんは、検診介入の是非と治療介入の是非を混同しています。■福島の甲状腺がんの諸問題の考察〈おもに過剰診断と検診有効性〉 - 1525699364 - したらば掲示板のあたりです。同じところをグルグルしています。今回もグルグルするでしょう。

検診をしたほうが、しないよりも、有害なアウトカムを減らせると言う利益がある(そして害よりも大きい)と合理的に考えられるだけの証拠がない限りは検診をすべきではありません。とくに学校検診はよくありません。例外的に、どうしても甲状腺がんへの不安が強い場合、希望者に限り、やむを得ず検診をすることは容認できます。その場合でも、正しい情報提供が必要です。現状では正しい情報は提供されていません。その証拠はnagaya氏本人です。



一斉検査の必要性、4集団での差、抑制的な介入の評価(2018年4月17日)

仮に真の増加が考えられる被曝量の場合でも一斉検査は必ずしも必要ではない。とくに超音波によるエコー検査はそうだ。原則として、検査による被験者の利益が害を上回る場合に限り、検査は正当化される。がん検診には一定の害があり、有効とされるがん検診であっても被験者のリスクが低い場合は正当化されない(例:40歳未満の乳がん検診)。「見込まれる増加の倍率などの基準」については、「被験者のリスクが十分に高く、検診の害よりも利益が上回る点」が基準である。甲状腺がん検診については、そもそもが利益がまったくあるいはほとんどないことから、福島県の住民レベルの被ばくでは一斉検査は正当化されない。福島県の住人とは比較にならないレベルの被ばくを受けた、頸部放射線治療歴のあるがんサバイバーであっても、超音波による甲状腺がん検診の必要性は疑問視されているぐらいである。つまり、どんなにリスクが高くても超音波による甲状腺がん検診は正当化されない可能性がある(私は正当化されないと考える)。賠償の対象になる場合とそうでない場合で、検査の必要度は変わりない。賠償の対象であるかどうかではなく医学的な必要性によって検査の必要性は判断されるべきだ。賠償の対象になるからといって、利益より害が大きい検査を受けさせるようであってはならない。賠償は検査とは別の枠組みで行えばいい。



「足きり」「細胞診をせずに経過観察」「通常診療」のそれぞれの群での有病率と全体の有病率は違いはある(何の「有病率」なのかは不明であるが文脈から甲状腺がんの有病率prevalenceのことだと判断する)。もちろん、「全体」を含んだ4集団で将来的な自発受診による発病率に差が出るであろう(「自発受診による発病率」も何を指しているのか曖昧であるが、「自覚症状を呈する甲状腺がんの発症率incidence」「自覚症状はないが自発的な受診によって検査され診断される甲状腺がんの発症率」いずれであっても差は出ると考える)。

なお、この質問の意義が私にはわからない。違いはあるに決まっている。自明だ。nagaya2013さんが何らかの誤解に基づいて質問したのであろうという推測ができるのみである。



手術対象者が、将来自覚症状を呈すると仮定してもしなくても、現時点で9割以上で機能が温存できていることについては、現場の臨床医は可能な限りの努力を行っていると評価できる。私が現場にいたとしても、基本的には同様の方針をとるであろう。ただしそのことは、検診が有効であることをまったく意味しない。30歳台の女性に乳がん検診をしてしまって、乳がんが発見されてしまったら、臨床の現場ではガイドラインに基づいて治療介入せざるを得ないのと同様である。甲状腺がんの場合とくにそうだ。検診をせず、自覚症状を呈した時点で介入しても十分に間に合うという蓋然性がきわめて高いからである。


nagaya2013さんへの質問。小児甲状腺がん検診のNNSはいくつ?

nagaya2013さんにも一つ、質問します。nagaya2013さんは小児に対する甲状腺がん検診には「早期発見メリットとなる可能性があります」とおっしゃっています。具体的に、何をアウトカム(甲状腺がん全摘?多臓器転移?甲状腺がん死?)にして、何人に検診すると(NNS:number needed to screen)メリットが小児に対する甲状腺がん検診で生じますか?概算でもよいですからお答えください。