NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「相対リスク」の謎

私が学生のころ、(たしか)公衆衛生学で疫学の基礎を習ったのだが、「症例対照研究では相対リスクは計算できない」と教わった。「相対リスクはコホート研究でしか計算できない。症例対照研究で計算できるのは相対リスクではなくオッズ比であり、罹患率(アウトカムが罹患の場合)が十分に小さいときにはオッズ比は相対リスクの良い近似値となる」と、確かにそう教わった。

公衆衛生学の教科書を引っ張り出すのは面倒くさいけど、■症例対照研究 オッズ比 近似 - Google 検索あたりで、そういう話が出てくる。

でもね、「基礎から学ぶ楽しい疫学」には、必ずしもそうとは言えないような記述がある。P32より引用。



…疫学研究のデザイン、あるいは用いる統計手法により相対危険(relative risk)に相当するものはさまざまな形で計算される。例えば症例対照研究ではオッズ比(odds ratio)、コホート研究で罹患率を求めた場合には罹患率比(incidence rate ratio)だが、コックスの比例ハザード・モデルを用いた解析を行った場合にはハザード比(hazard ratio)となる。相対危険(relative risk)は一般的な用語(generic termと昔、教わった)なので、個別の観察や研究結果で述べる場合には「相対危険」は用いずに、実際にそこで観察した、例えばオッズ比などの具体的な観察値の名称を用いるべきであろう。


「基礎から学ぶ楽しい疫学」の記述が正しいとしたら、「コホート研究では相対リスクは計算できるが、症例対照研究では相対リスクは計算できない」という主張は正しくない。症例対照研究で観察されたオッズ比を持ち出して「相対リスクはこれこれです」と言うのは望ましくないけれども、それを言うならコホート研究で観察された罹患率比を持ち出して「相対リスクはこれこれです」と言うのも同じくらい望ましくないことになる。

非専門家の私としてはどちらが正しいのかはわからないけど、おそらくは「基礎から学ぶ楽しい疫学」の記述のほうがより厳密で正しいのではないかと思う。