NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

予防接種

そろそろ季節なので、インフルエンザワクチンを接種した。ちなみに今日私が接種したワクチンは水銀(チメロサール)入り。ワクチンの害もちょいとネットで検索してみると、あるわあるわ、これではよく知らない人が混乱するのも仕方がない。もののわかった人ならば、喧伝されているほどワクチンの害があるわけではないことを理解している。うちの病院では医療従事者は軒並み接種している。「農家は自家用の農作物には農薬を使っていない」のと似たレベルの話で、「医療従事者は自分たちには薬を使っていない」とか言う人もたまにいるけど、ウソッパチだ。

自己申告だけではあまり情報価値にもなんないので、JAMA日本語版、2003年10月号、P57-61より引用。「ワクチン接種における現在の論点 ワクチンの安全性」という記事。JAMA(The Journal of the American Medical Association)の記事なので、基本的に米国における状況。


ワクチンで予防可能な疾患に罹患した小児患者数は史上最も低い値となった。ワクチン接種プログラムが成功するにつれて、ワクチンで予防可能な疾患よりもワクチンの有害事象に関する関心が大きくなってしまい、ワクチン接種プログラムを続けないということにもなりかねない。少数の有害事象例が科学的根拠に裏打ちされずに大きく取り上げられることによって、ワクチンのいくつかあるいは全部が受け入れがたい有害事象を引き起こすのではないかという疑念をさらに大きくしてしまっている。このような疑念は、数年前には死亡や傷害の大きな原因であったジフテリア、麻疹、破傷風、ポリオ、インフルエンザ菌関連疾患に罹患したり、見かける機会がなくなったことによってより大きくなってしまった。

囚人のジレンマと関連しそう。要するに自分以外のすべての人が予防接種を受けて病気にならないとしたら、自分だけ予防接種を受けずにデメリットなしにメリットのみを享受できる。しかし、そう考え予防接種を受けない人が一定以上いれば、感染のリスクを負う。モラルの問題を別にすれば、予防接種を受けない人が一定以下で感染のリスクがきわめて小さいならば、利己的な人間は予防接種を受けないだろう。ただ、少なくとも米国ではそこまでの状況にはなっていない(多分、日本も)。


米国など先進国においてはこのようなワクチンで予防可能な疾患がまれにしか起こらないという状況にあり、一般の人々はワクチン接種の継続に関していくつか誤解をしている。このような地域ではこれらの病原体に感染したり、それによって病気になるというリスクが依然として存在するという認識が低い。そのため、公衆衛生行政にたずさわる人々や医療従事者が、一般の人々にワクチンは受けなければならないという認識を持たせることが難しくなってきている。しかし、ワクチンを接種していない人がこのような感染症に罹患するリスクは依然として存在している。

アレルギー等で予防接種を受けられない人もいるし、予防接種していても病気になる人も一定の割合でいるし、他の国から病気を持ち込む人もいる。米国では2001年に麻疹は108人発症し、そのうち半数以上が他国で感染したか輸入患者から感染したとのこと*1。完全に利己的な人でも、アレルギー等の要因がなければ、予防接種を受けるべきと判断するだろう。


*1:ちなみに日本は麻疹輸出国。■はしか:対米輸出は日本が最多、活発な交流原因 米調査(毎日新聞)(URL:http://www.mainichi-msn.co.jp/kagaku/medical/news/20040920k0000m040064000c.html

pixivから来られた読者のために(2012年10月29日追記)

■「トゥルーと、まったいようの講義録01 「ワクチンって何?」」/「シーチキン=まったいよう」の漫画 [pixiv]から、「こんな記事も紹介してくださいました」として、当記事にリンクが張ってありました。『トゥルーと、まったいようの講義録01 「ワクチンって何?」』は、全体としては反ワクチンの記事ですが、こうしてワクチンに肯定的な当記事にもリンクを張るのは読者に対して誠実で公正な態度だと思います。

pixivから来ていただいた方の中には、いったいワクチンを打った方がいいのかどうか、よくわからなくなっている方もいらっしゃると思います。 「ワクチンって何?」にはいくつか問題点があるように私は考えますので、それを指摘いたします。

6Pに「生ワクチン、不活性ワクチンは軽い感染症状が起きるんだけど知ってた?」「え゛、副作用あんの!?」という会話があります。生ワクチンで感染症状が起きうるというのは事実ですが、不活化ワクチン(不活性ではなく不活化のことでしょう)にはそのような副作用はありません。定義上、不活化ワクチンに使用する病原体は死んでいますのでワクチンから感染することはありません。おそらく、この記述は、「インフルエンザの予防接種によりインフルエンザにかかり」などと書いてある医学的に不正確なサイトを作者の方が信用してしまったためだと思われます。

感染症状はなくとも不活化ワクチンで「副作用」が起こることはあります。きわめて稀ですが重篤な「副作用」も報告されています。そうしたデメリットとメリットを勘案して、ワクチンを接種するかどうかを決めてください。インフルエンザに罹って死ぬことも稀ですがあるのです。一般的には健康成人に対しては季節性インフルエンザワクチンの接種は推奨されていません。私は医療従事者であり、インフルエンザの患者さんに接する機会が多いこと、また私自身がインフルエンザに罹ってしまうと患者さんに感染させてしまう恐れがあることから、毎年ワクチンを接種しています。

また、8Pに「過去で効果がない事から、定期予防接種から外されたよ?インフル」とありますが、不正確です。おそらくは前橋レポートのことを指しているのだろうと思われます。私の知る限りにおいて、前橋レポートは海外の医学雑誌では発表されていません。前橋レポートにはさまざまな問題点があり、質の高い研究とは言えません。現在においてもインフルエンザワクチンの有効性については議論があるところですが、前橋レポートのような質の低い研究は海外では言及されていません。

一方、「学童へのインフルエンザワクチン接種は,高齢者をインフルエンザから守り,インフルエンザによる死亡を減少させる」と結論した論文もあります( http://www.nankodo.co.jp/yosyo/xforeign/nejm/344/344mar/xf3440889.htm )。The New England Journal of Medecineという、臨床領域ではトップレベルの雑誌に掲載されました。この論文では「日本の小児への予防接種は,1 年間に約 37,000 〜 49,000 人の死亡を防止した」と推計されています。つまり、前橋レポートのような質の低い報告のために定期接種を中止したことによって、年当たり数万人の死亡が増えたことになります。

厳密なことを言えば、定期接種前後の比較となりますので、定期接種以外の要因を完全には排除できません。超過死亡者数の数え方などへの批判もあります。しかしながら、研究の質となりますと、「前橋レポート」などとは比較になりません。いまどき、「前橋レポート」を根拠にして反ワクチンの主張を行うのは、不勉強と言わざるを得ません。読者のみなさんは、そのような不正確なサイトの情報に惑わされないように願います。

9Pに「はしか、天然痘は、ワクチンによって根絶したのではない!住環境・衛生環境の改善によるものなのだ!!」とあります。はしか(麻疹)は根絶していません。その気になれば、人類ははしかを根絶できたはずなのに根絶できていません。先進国であるはずの日本に限ってすら、毎年数十人は麻疹で亡くなっています。なぜでしょうか。根拠の乏しい反ワクチン的な主張に一因があるのではないでしょうか。

住環境・衛生環境の改善が、はしかの死亡数の減少や天然痘の根絶の要因の一つであるのは確かです。しかしながら、住環境・衛生環境の改善によるものだけでありワクチンが寄与していないという根拠はありますか?住環境・衛生環境の改善だけでなく、ワクチンも病気の減少に寄与しているという証拠なら複数あります(たとえば、■再掲:「予防接種についての6つのよくある誤解」 - warblerの日記の1を参照)。

10P「ワクチン接種は、まさに狂気の沙汰と言うしかない。これは純粋な殺人である」 1876/by ジェームズ・ウィルキンソン博士」。なぜ130年以上も前の発言を引用するのかよくわかりません。現代に生きるまともな医学者で、このような発言をする人が皆無であるからでしょうか。個々のワクチンについてのまともな批判はあります。典型的な例では、つい最近まで日本で行われていたポリオ生ワクチンに対する批判です。

しかしながら、ワクチン全体に対する批判は、適切な医学的知識に基づいたものではありません。反ワクチン的な主張を広める前に、その根拠を吟味してみましょう。もし、反ワクチン的な主張についてご質問があれば、ここのコメント欄で尋ねてください。私の能力の及ぶ範囲内において、質問にお答えすることをお約束します。