NATROMのブログ

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和田秀樹氏に答えていただきたい3つの質問

和田秀樹氏は『80歳の壁』など、多くの著作で知られる医師です。毎日新聞医療プレミアの『「老い」に負けない ~健康寿命を延ばす新常識~』において、「私自身が200以上の血圧を何年も放っておいて平気だったように、今は血圧が200以上でもまず血管が破れることはない」と書いておられました*1

高血圧は脳出血の介入可能な最大のリスク因子です*2。最適治療目標など細かい議論はあるものの、基本的には、血圧を下げる治療が、脳出血をはじめとした脳血管障害(脳卒中)や心筋梗塞を代表とする心血管疾患を減らすことについて専門家の間で議論はありません。和田秀樹氏自身が「200以上の血圧を何年も放っておいて平気だった」のが事実だとして*3、一般読者が「収縮期200mmHg以上の血圧を何年も放置しても平気なのだ。放置してよい」と解釈しうる文章を書くのは医師として不適切だと私は考えます。

そう考えたのは私だけではなかったようで、『m3』という医師専用掲示板で「血圧も常時200を超えていて降圧剤を使うと気分が悪くなり放置しているようです」「このままで何時まで持つやら、いつ脳卒中になってもおかしくありません」などと和田氏に対して批判的なコメントが投稿されました。和田氏はその批判に答えて、「常時200を超えていて放置しているとも言っていない」「血圧は確かに正常までさげると気分が悪くなるので170くらいでコントロールしている」と反論しました*4

和田氏の反論は的を外しています。確かに「常時」200を超えているとは書いていませんのでm3の和田氏批判は不正確でした。しかしながら、常時ではないにせよ、「私自身が200以上の血圧を何年も放っておいて平気だった」と和田氏が書いたのは事実です。読者が高血圧を放置してよいと誤解しないように、「とはいえ、高血圧は脳出血をはじめとしたさまざまな疾患のリスク因子であるので、私のように放置はしてはいけません。私自身も現在は薬で血圧を下げています」などと注意喚起すべきではないですか。

和田氏はそのような注意喚起をしていないどころか、自身が降圧薬を飲んでいることに触れず、症状がないときには病院に行かない方がいいといった論調の記事すらあります。■「血圧200を放っておいたが問題なかった」などと放言する医者を信じてはいけない!で詳しく論じています。『「体の声」が聞こえたときに病院に行けばいい』のであれば、収縮期200mmHg以上の高血圧でも症状がなければ放置してよいということではないですか。「今は降圧薬を飲んでいて放置していない」は反論になっていません。

「常時200を超えていて放置しているとも言っていない」としても「私自身が200以上の血圧を何年も放っておいて平気だった」とは和田氏が書いていたことを指摘する私のツイートに、和田氏が「過去形と現在形の区別がつかない人が医者をやっているのは怖いですね」とリプライしてきました。現在(2023年7月28日)までの私と和田氏のとのやり取りは■和田秀樹氏と名取宏のやり取り。「200以上の血圧を何年も放っておいて平気だった」と医師が述べることの是非について。 - Togetterにまとめてあります。

いくつか和田氏に質問したのですが、多くの質問に答えていただけませんでした。その代わり、しきりに和田氏から自身のYouTubeチャンネルでの議論に誘っていただきました。そうした会話でのやり取りでは、強い言葉で断言するほうが議論に勝ったと視聴者は誤解しがちで、また、質問に答えずにはぐらかされる懸念があるため、文章でのやり取りでの議論が望ましいと考えます。Twitterでは長い文章を書けないというのであれば、公開を前提としたメールや、掲示板やブログのコメント欄でもかまいませんとお伝えしました。文章ではだめな理由もおたずねしましたが、和田氏からお返事はありませんでした。

ただし「短いバージョンでない形で反論させていただきます」とのことなので、今後、YouTubeで和田氏からの反論があるかもしれません。和田氏が反論するときに私の主張を参照しやすよう、論点整理を兼ねて、和田氏に答えていただけなかった重要な質問を再掲します。


質問1:「今は血圧が200以上でもまず血管が破れることはない」という和田氏の主張の根拠は何ですか?

私の認識では、というか世界中の専門家のコンセンサスでは、高血圧は脳出血の主要なリスク要因です。収縮期血圧200mmHgといった著明な高血圧でも「まず血管が破れることはない」という、コンセンサスに反した主張にはなんらかの根拠の提示が必要です。何度も和田氏におたずねしたのですが、ご自身のケースと「一過性に200を超えて破れた人を35年の臨床で見たことがない」という自身の臨床経験以外には根拠を提示していただけませんでした。そもそも「一過性」という言葉がいつのまにか足されているのはどういうわけなのでしょう。

予想される和田氏の反論についてあらかじめ答えておきます。栄養状態の改善によって血管が破れにくくなったとということはあるかもしれません。しかしながら、海外や近年の日本で行われたコホート研究でも高血圧と脳出血を含む脳血管障害の関連は一貫して示されています*5。昔と比べて破れにくくなったとは言えても、「まず血管が破れることはない」とは言えません。

脳血管疾患患者数の減少を根拠に和田氏は反論なさるかもしれません。プレジデント2022.10.14号で和田氏と養老孟司氏の対談記事において、「脳出血のリスクが低下している割に高血圧と診断しすぎ」というキャプションで脳血管疾患患者数が減少しているグラフが提示されています。しかしながら和田氏は、「高血圧に対して十分な治療が行われたからこそ脳血管疾患患者数が減少した」という可能性を見落としておられます。さらに言うなら、以前よりは減少したとは言え、結構な人数の脳血管疾患患者がいまも発症していることをこのグラフは示しています。

「まず」とか「ほとんど」とかいう言葉の意味は曖昧ですので、絶対リスクの小ささを理由に挙げるかもしれません。NEWSポストセブンの対談記事で、和田氏は

血圧に関する米国の有名な大規模調査では、血圧160以上の患者を「治療した群」と「治療していない群」に分けて比較したところ、6年後、「治療した群」の6%、「していない群」の10%が脳卒中になっていた。だから治療が有効というが、このデータは「治療をしなくても90%は脳卒中にならない」と読むことができるはずです

と述べています*6。細かい数字はともかくとして高血圧の治療をしなくても多くの人は脳出血にならないのは事実です。6年間で10%のリスクは無視できるという考え方もあるでしょう。しかしながら、それはリスクを説明された上で患者さんが判断することです。降圧薬を飲むことで10%のリスクが6%に減少(4%の絶対リスク減少)するなら薬を飲みたいという患者さんだっているはずです。『「体の声」が聞こえたときに病院に行けばいい』という和田氏の主張は、無症状の高血圧患者さんがリスクを説明されたうえで選択する機会を奪うことになりかねません。

それに10%程度のリスクは無視できるという立場は、『準備ができない突然死を避けたい人は「心臓ドック」と「脳ドック」については受ける価値がある』という和田氏の別の主張との整合性がまったくとれません*7。心臓ドックを受けようが受けまいが、多くの人は突然死しません。なのになぜ心臓ドックは受ける価値があるのでしょうか。ちなみに「心臓ドック」が突然死を減らすというエビデンスはないどころか、無症状の冠動脈性心疾患にカテーテル治療を行っても予後は改善しないことを示唆するエビデンスすらあります*8。心臓突然死の一次予防は、心臓ドックではなく、禁煙や、脂質異常症・糖尿病・高血圧の十分な治療が重要だとされています*9。高血圧の十分な治療を受けた上で心臓ドックも受けるのならまだわからないでもありませんが、200mmHgもの高血圧を5年間も放置しておきながら、突然死を避けたいからとエビデンスの乏しい心臓ドックを受けるのは、きわめて非合理的で理解不能です。


質問2:過去の和田氏の発言を鵜呑みにして200mmHgの高血圧を放置している読者がいたとして、放置したままでよいと思われますか?

これもTwitterで質問したのですが、明確なお答えをいただいていません。ご自身は170mmHg程度にコントロールし、「50歳でも200は高いとは思います」とのお答えはいただいたので、さすがに200mmHgの高血圧を放置したままではよくないということなのかもしれません。すると別の疑問が湧きます。プレジデント誌での養老氏との対談で、和田氏は


具体が悪くなるときちんと体が教えてくれるから、「体の声」が聞こえたときに病院に行けばいい。逆に大したことのない状況で病院に行くと、役に立つのかわからない薬を飲むことになったり、検査結果の数字に頼ってばかりで「体の声」が聞こえなくなったりするのではないでしょうか。

と述べています。この対談記事を読んだ読者は『血圧が200mmHgあっても症状がなければ放っておいて問題ない。「体の声」が聞こえたときに病院に行けばいい』と考えるのではないですか。最初の「体の声」が突然死だったらどうするんでしょうね。


質問3:和田氏が自身のクリニックで高額で提供している医療にエビデンスはどれぐらいありますか?「私の師匠で世界抗加齢医学会副会長のクロード・ショーシャ先生のメソッドで彼の40年、数千件の臨床成績を信じているだけ」とのことですが、ショーシャ先生が発表した論文を和田氏は検証しましたか?

和田氏が自身のクリニックで根拠に乏しい医療を高額で提供している問題についてはすでに■「血圧200を放っておいたが問題なかった」などと放言する医者を信じてはいけない!で指摘しました。和田氏に治療の根拠をおたずねしたところ、世界抗加齢医学会副会長のクロード・ショーシャ先生の名前を挙げていただきました。

しかし、何々学会の副会長だからというだけでは信用はできません。根拠に乏しい医療を提唱・実践する組織が、○○医学協会、○○学会、○○研究所を乗ることはよくあることです。インチキ医療を売って儲けたい詐欺師が、権威付けのために立派な肩書の学会を自称し、一般書やウェブサイトで素人を騙すのは定番のやり口です。自前の学会誌に論文のようなものを載せたりはしても、専門家を相手にするだけの能力はありませんので、査読のある論文は書きません。

まともな学会の副会長ともなれば、査読論文をたくさん発表しているはずです。そこで、ショーシャ先生がテストステロン補充療法についてどのような論文を書いているのかPubMedで検索してみたのですが、私が検索した範囲内では一件も見つけることができませんでした。「40年、数千件の臨床成績」があるはずなのに症例報告すらありません。ただし、著者名の表記ゆれなどで論文があってもうまく検索できないことがあります。私の検索の仕方が悪かっただけかもしれませんので、こうして和田氏におたずねしています。

他にもお答えいただいていない質問がありますが、とりあえず上記3つの質問を優先してお答えいただければ幸いです。