NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

エナジードリンクの過量摂取で脳は溶けるか?

「エナジードリンクを飲み過ぎると脳が溶けると聞いたことがあるが本当か?」というご質問をいただきました。いい質問だと思います。エナジードリンクは、カフェインやビタミンなどが入った清涼飲料水です。一般に市販されているものですから通常の使用量であればそうそう大きな害はなさそうですが、大量に摂取すると何か有害なことが起きるのではないか、というのは合理的な懐疑です。簡単に答えだけを教えてもいいのですが、せっかくですから、私がどうやって情報を収集しているのかの過程も合わせてご説明します。

まずはざっくりインターネットで検索する

「脳が溶ける」というのは正確な医学用語ではありませんので医学論文検索には使えません。そこで、最初は「エナジードリンク 脳が溶ける」でネット検索します。GoogleでもBingでもかまいません。すると、アメリカ合衆国において、日常的に大量のエナジードリンクを摂取していたオーバーワーク気味のサラリーマン男性が脳出血を起こして倒れたことを紹介するサイトが数件見つかりました。質問者も、おそらくこういうサイトの情報を目にしたのでしょう。患者さんや家族の固有名詞から、大元と思われる海外のメディアのサイトにたどれました。


■Woman Shares What Energy Drinks Did To Her Husband While She Was 9 Months Pregnant | Bored Panda


頭部が欠けたように見える男性の写真にはインパクトがあります。脳出血の治療の一環として、脳の圧力が高くなりすぎるのを避けるため、手術後に頭蓋骨の一部を外したままにしておくことはあります(減圧開頭術)。通常は、急性期を過ぎれば元に戻すための手術(頭蓋形成術)を行います。写真のような明らかに頭部の形が著しく変わった状態で退院することがあるのかどうかは、専門外なので私にはわかりません。

医学論文を検索する

メディアの情報がどこまで事実かどうかは判断は難しいです。日本のメディアであれば、ある程度は信用度が推測できますが、海外のサイトではそれもできません。そこで、医学論文を検索してみます。「脳が溶ける」では論文の検索は難しいですが「脳出血」という用語がわかりました。医学論文を検索するサイト■PubMedではenergy drink cerebral hemorrhage(脳出血、エネルギードリンク)で2件引っかかりました。そのうち、全文無料の症例報告を読んでみました。


■Aneurysmal subarachnoid hemorrhage and severe, catheter-induced vasospasm associated with excessive consumption of a caffeinated energy drink - PMC


論文のタイトルを機械翻訳すると「カフェイン入りエナジードリンクの過剰摂取に伴う動脈瘤性くも膜下出血および重度のカテーテル誘発性血管痙攣」です。症例は44歳女性ですので、メディアで紹介されたのとは違う人です。習慣的に大量のエナジードリンクを消費していたところ、急性クモ膜下出血を起こし、止血のためのカテーテル治療が行われましたが、動脈が収縮して新たに脳梗塞が起きました。

論文の著者も述べていますが、一例の症例報告なのでエナジードリンクとクモ膜下出血の因果関係はわかりません。エナジードリンクを飲んでいなくでもクモ膜下出血を起こす人はいます。本症例も、たまたまエナジードリンクとは無関係にクモ膜下出血を起こしたのかもしれません。あるいは、エナジードリンクそのものではなく、エナジードリンクを大量摂取するような環境要因が原因かもしれません。メディアで紹介された男性についても同様の考察ができます。仕事による過労が脳出血の原因であって、エナジードリンクを飲んでいなくても脳出血を起こしていたかもしれません。

とはいえ、カフェインをはじめとするエナジードリンクの成分は血圧などの生理機能に影響を与えることが知られています。エナジードリンクの過剰摂取が血圧の上昇を、ひいてはクモ膜下出血の一因になるのは十分にありそうです。エナジードリンクが健康ボランティアの血管弛緩を媒介する血管内皮に与えるという先行研究に言及した上で、クモ膜下出血だけではなくその後の動脈の収縮もエナジードリンクの影響である可能性を論文の著者は指摘しています。症例報告であってもIntroduction(導入)やDiscussion(考察)で多くの先行研究が言及されており、参考になります。エナジードリンクは、脳出血だけではなく、とくに心血管系疾患との関連が疑われています。ガッツリ調べたいときはこれらの論文にさかのぼって読んでいきます。

公的なサイトで情報収集する

ただ、一般の方は医学論文なんて読んでいられませんし、時間だって有限です。簡単なのは公的サイトでの情報収集です。たとえば、「エナジードリンク 厚生労働省」「エナジードリンク 消費者庁」です。ピンポイントで脳出血に関連した情報は見つかりませんが、エナジードリンクの一般的なリスクについてだいたいのところがわかります。宣伝や質の低いメディアを排除したければ「エナジードリンク site://www.mhlw.go.jp」などのサイト内検索も有効です。

海外ならCDC(アメリカ疾病予防管理センター)やNIH(アメリカ国立衛生研究所)が公的な情報源になるでしょう。CDCは青少年のエナジードリンク摂取にかなり批判的です。


■Energy Drinks | Healthy Schools | CDC


他の健康問題ならWHO(世界保健機関)でもいいのですが、エナジードリンクは一部の先進国に限定されているからでしょうか、あまり情報は得られませんでした。ほか、NHS(イギリス国民保健サービス)も参考になります。WHOやアメリカ合衆国やイギリスの公的サイトで情報を集めて、その最大公約数的なところは現時点では専門家のコンセンサスが得られているとみなしていいと思います。たまに「WHOは××と言っているんだよ!!」といったデマがありますので、必ず一次情報にあたること。

そのうちにチャットAIに聞くのも有力な手段となってくるでしょう。ただし、先ほどエナジードリンクで脳が溶けるかBingのチャットAIに尋ねたところ、おおむね正しい回答をしてくれたものの、一般サイトを根拠にしていました。根拠にするサイトが間違っていたら回答も間違います。「医学論文を参照して答えて」などと質問を工夫すればいいかもしれませんが、現時点ではちょっと危ういです。

まとめ

「脳が溶ける」という表現は医学的には適切とは言えないものの、エナジードリンクの過剰摂取で、脳出血やクモ膜下出血のリスクを増やす可能性はあります。大量摂取はやめましょう。