最近、「ファーストペンギン」という言葉をよく聞く。ペンギンの群れの中で、天敵がいるかもしれない海の中に最初に飛び込む個体のことで、リスクをとって挑戦する勇敢な行為を称えるポジティブな意味合いを持つ。だが、私はファーストペンギンという言葉からは異なる意味を連想してしまうのだ。
イギリスの生物学者、リチャード・ドーキンスは、「利己的な遺伝子」という著作において、生存競争に勝って生き残る遺伝子の性質は利己的であることを論じている。個体レベルの行動は利己的なこともあれば利他的こともあるが、利己的な行動の一例として、ドーキンスは海に飛び込むのをためらうペンギンの例を挙げている。
南極のコウテイペンギンで報告されているひきょうな行動についてなら、おそらくだれでも[利己的な行動だと]ただちに同意できるであろう。このペンギンたちは、アザラシに食べられる危険があるため、水際に立ってとびこむのをためらっているのがよく見られる。彼らのうち一羽がとびこみさえすれば、残りのペンギンたちはアザラシがいるかどうかを知ることができる。当然だれも自分がモルモットになりたくはないので、全員がただひたすら待っている。そしてときどき互いに押しあって、だれかを水中につきおとそうとさえするのである。
ファーストペンギンという言葉からは、群れのメンバーから突き落とされた個体をどうしても私は連想してまうのだ。最初に水中に入ったペンギンは、魚を食べることはできるであろうが、別に独り占めできるわけではない。アザラシがいないことが確認できれば、他のペンギンたちも次々と飛び込むであろう。人間のビジネス社会と違って、リアルのファーストペンギンはハイリスクローリターンなのだ。だからこそ、どのペンギンもファーストペンギンになりたがらないのである。
こうしたペンギンの利己的行動はそこそこ知られていると思っていた。というのも、かつて「高校教師」というテレビドラマで紹介されていたからだ。桜井幸子が演じる女子高生が真田広之が演じる高校教師に電話で「ペンギンの話が聞きたい」とか言うわけですよ。ペンギンの群れが押し合いへし合いして天敵がいるかもしれない海に他の個体を突き落とす話だけどな。みんな覚えていないの?森田童子が主題歌を歌っていたあれだよ。
いま、改めて調べてみたら、ドラマの「高校教師」は1993年放送、つまり30年前だった。公衆電話からかけていて、10円玉入れて「あと3分話せる」とかやっていた。そりゃあ、覚えていないよねえ。