NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

患者家族とのトラブル

埼玉県ふじみ野市において、訪問診療をしていた医師が患者の息子に散弾銃で撃たれ死亡するという事件が起きた。患者である母親が亡くなったことがきっかけになったという。事件については報道でしか存じ上げないし、これから新事実が出てくるかもしれない。この記事は、医療職と患者家族の関係の難しさの一端について知ってもらうのが目的であって、個別の事件において真相はこうだったのかもしれないといった推測ではない。

また、以下に述べる事例は、私の見聞きした経験をもとに改変したものであり、事実そのままではない。仮に当事者が目にしたとしてそれが自分たちのことであるとはわからないようにまで変えてある。ただし、問題の本質については伝わるはずだ。ご理解をいただきたい。

患者さんがよいケアを受け、病状が改善することをご家族が願うのは当然だ。ただ、その願いがきわめて強い患者家族がいらっしゃる。介護のためにご家族が仕事を辞め、ずっと付きっ切りで看病しているケースもある。患者さんとご家族の関係が濃厚で、介護がご家族の生きがいになっているような患者さんが入院したとき、病院は必ずしもご家族が満足できるケアを提供できるとは限らない。

たとえば食事の介助について、一挙手一投足にまでご注文をつける。ご家族はずっと食事介助をしていらっしゃったのであるからそのやり方については教えていただくが、こちらがまったく同じようにできるわけではない。マンパワーの問題で十分な時間をかけることが難しいときもある。ご家族はご不満に感じ、その不満は医療従事者に向かう。

病状についても同様だ。もともと若くて元気な患者さんであれば、治療により元通り元気になることも期待できるが、高齢者はそうではない。老衰は治せない。医学は徐々に衰えていく状態となんとか折り合いをつけることしかできないが、加齢による衰弱を受け入れられないご家族もいらっしゃる。数年前までは元気に立って歩いていたのに、いまでは寝たきりで会話もできなくなったのは医師の治療が悪かったせいになる。

ほかにも、たとえば、約束のない主治医面談を要求するご家族がいらっしゃる。急に状態が悪くなったので説明して欲しいとかであればまだわかるが、とくに緊急の要件ではなかったりする。しかし、ご家族の主観では重要度が高く優先されるべき案件であるので、対応しなければご不満が溜まる。断ると窓口がクレーム対応をしなければならない。一方で特別扱いすれば他の患者さんやご家族に申し訳ないし、面談要求は約束がなくても応じてもらえて当然という誤解を招くことになりかねない。私は「本来はお断りするのだがたまたま主治医が院内にいたので本日のみ特別に面談する」という体裁で面談に応じることが多い。不平等は承知の上である。

あまり一般的ではない治療をご希望されるご家族もいる。サプリメントのたぐいなら、よほど医学的に問題がない限りは併用可とする。困るのは、テレビ番組や週刊誌で報じられた最先端のまだ実験段階の治療法だ。なんとか患者さんを助けたいというご家族の気持ちの表れであることはわかるが、当院ではできない(というか日本国内のどの病院でもできない)ことをご説明するが、やはりご不満の元になる。最近私は、共通の敵を設定する方法を覚えた。「よくご存じですね。我々もこの治療法を使いたい。しかし、けしからんことに国が承認しないのです」などと言う。方便である。お許し願いたい。

当院で提供する医療にご不満があると転院をご希望されるが、これがすんなりとはいかない。A病院にご紹介しようとすると「そこは以前に医療ミスをされたことがあり嫌だ」とおっしゃる。ご家族から経過を聞く限りでは医療ミスではなく標準的な医療行為による経過でも説明可能だが、もちろんそんなことはこちらからは言わない。ならばB病院にご紹介しようとしたら今度はB病院から受け入れを断られる。建前では医学的な理由や病床の不足が挙がるが、過去に家族とB病院の間でトラブルがあったのだろうと推測できる。覚悟を持って当院で診続けるしかない。

医療ミスならともかく「A病院では人体実験されていた」「毒を点滴に混ぜられて殺されそうになった」というようなことを仰るご家族もいる。訂正不可能な誤った信念をお持ちであるように見える。ご家族は私の患者ではないので、自傷他害の恐れがなければ、余計な介入はできない。患者ご本人の利益を第一に考えて対応する。

家族の間で意見が一致しないこともある。もともと折り合いが悪い兄弟で、遺産の分配でもめているのがうかがえる。原則としてはキーパーソンを一人に定め、ご家族で意見を集約していただくのであるが、いつも原則通りにいくとは限らない。キーパーソンである兄が「弟も病状を聞きたがっている。説明してやってくれないか」とおっしゃったとしよう。同じ病状説明を2回するのは手間であり、病状を聞きたいのなら同席して聞いていただくのが原則なのだが、断ると兄からも弟からも不満が出て医師-患者家族関係が悪化する。別途、弟との病状説明の場を設けると、病状はそっちのけで兄が決定した治療方針に対する不満と愚痴が述べられる。立場上、兄の方針を否定するわけにはいかないが、「そういうお考えもありますね」「お気持ちはよくわかります」などと相槌を打って傾聴すれば治まる。

患者家族へのケアも医師の仕事の範囲内だ。プロフェッショナルとして十分な仕事は行う。ほとんどの場合は医師-患者家族関係はおおむね良好であって、問題になるのは少数のケースに過ぎない。ご家族の事情はそれぞれだし、ご家族がなんらかの問題を抱えているとして、だからこそ十分な支援を要するのだ。ただ、一臨床医としては、正直、しんどいと感じることが最近は多い。医学のことだけ考えていたい。

たいていは時間をかけてお話を聞き丁寧にご説明すればなんとかなる。最悪の場合でも訴訟されるだけだとこれまでは考えていた。幸いなことに訴訟されたことはないし、仮に訴訟になっても負けるような診療はしていない。ただ、今回の事件のようなことが起きることまでは予測していなかった。どうすればいいのか考えているところだ。きわめてレアケースであるので考えても仕方ないのかもしれない。