NATROMのブログ

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ワクチン接種割合からワクチンの効果を評価するときに気をつけること

新型コロナによる重症者や死亡者中に占めるワクチン接種者の割合についての報道が増えてきた。たとえば、



■その数字がワクチン接種を促すか──6月に死亡した米コロナ患者の「ワクチン未接種率」が明らかに(クーリエ・ジャポン) - Yahoo!ニュース



という記事によれば、「(アメリカ合衆国)国内で6月に新型コロナウイルスによって死亡した人の99.2%はワクチンを接種していなかった」とある。もちろん99.2%という数字だけではあまり意味がなく、比較の対照が必要だ。仮に死亡しなかった人でも99.2%がワクチンを接種していなかったとしたら、新型コロナによる死亡とワクチン接種には関連があるとは言えない。

記事では「18歳以上のアメリカ人成人の67%が少なくとも1度目のワクチンを打ち終えており、58%が2度目の接種も終えた」という数字も紹介してある。集団中においてワクチン未接種者の割合は30%強であるのに対し、コロナ死亡者中では99.2%であり、ワクチンが新型コロナによる死亡を抑制することを示唆している。記事もそのような論調である。

実際、新型コロナワクチンが新型コロナ死を抑制しているのは確かだ。新型コロナワクチンはランダム化比較試験で高い重症化予防効果を示し、また、その後の複数の観察研究でも重症化予防や死亡抑制効果が確認されている。死亡者中のワクチン未接種者の高い割合は、新型コロナワクチンの死亡抑制効果を再確認できる新たなデータの一つだと言える。

ただし、ワクチン接種者の割合からワクチンの効果を推測するときにはバイアスが生じやすく、注意が必要だ。とくに対照を集団中のワクチン接種者の割合にする場合はなおさらだ。バイアスは、ワクチンの効果を誤って高く評価する方向に働くこともあれば、逆に低く評価する方向へ働くこともある。

リアルワールドではランダム化比較試験とは違ってワクチン接種者と非接種者の条件はかなり異なる。感染リスクの高い医療従事者が優先してワクチン接種を受けると、ワクチン接種者に多く感染者が出るため、見かけ上、ワクチンの効果は落ちる。重症化や死亡のリスクの高い高齢者が優先してワクチン接種を受けた場合も同様だ。

ワクチン接種者と非接種者でリスク行動に差があるかもしれない。ワクチン接種が済んだから安心だと思ってこれまで自粛していたリスクの高い行動をはじめる人が多ければ、ワクチンの効果は見かけ上低くなる。逆に、「新型コロナなんてたいしたことはない。マスクもワクチンも不要だ」と考えワクチン接種もしなければ自粛もしない人が多ければ、ワクチン未接種者において感染者が増え、ワクチンの効果は見かけ上高くなる。

感染確認者数で評価するときには受診行動もバイアスになりうる。自主的にワクチンを接種する人はちょっとした症状でも受診し検査を受ける傾向が強い一方で、「新型コロナなんて存在しない。PCR検査は意味がない」という理由でワクチンを忌避している人が多ければ、ワクチン接種者で感染者と診断されることが多くなりワクチンの効果を過小評価する。逆もありうる。一部の国では、ワクチン未接種者が「ワクチンパスポート」の代わりに頻回のPCR検査を要求されている。無症状あるいは症状の乏しい症例がワクチン未接種者では漏れなく診断される一方で、ワクチン接種者では診断されないまま見逃されるとワクチンの効果を過大評価してしまう。なお、重症化や死亡は、こうした受診行動や検査頻度の影響を受けにくい。ワクチンの効果をさまざまなアウトカムで比較することは有用である。

他にもワクチンの効果を評価する上での注意点はさまざまある。観察研究である以上、バイアスを完全にゼロにすることはできない。しかし、十分に注意を払えば分析において補正できるものもある。たとえば年齢による影響は比較的容易に補正できる。丁寧に解析し、バイアスが残っている可能性を念頭起きつつ結果を解釈すればよい。マスコミやSNSの情報ではなく、専門家による査読が済んだ情報に当たることをお勧めする。複数の地域や研究手法で結果に一貫性があればより信頼できる。

比較する対照群は、できるだけバイアスがかからないよう設定するのが望ましい。年齢や性といった条件を合わせたり、検査で陰性であった人を対照にするなどの方法がある。集団全体(「18歳以上のアメリカ人成人の○○%が少なくとも1度目のワクチンを打ち終えた」など)と比較する方法もあるが、個人の情報がないのでバイアスを補正する手段が限られ、あくまでも簡易的な手段に過ぎない。今後、日本においても「重症者中のワクチン接種者の割合は○○%、日本人の接種割合●●%と比べてどうこう」という情報が出てくるであろう。上記したようなバイアスや研究の限界があることを念頭に置いて評価していただきたい。