NATROMのブログ

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ゼロにはできなくても

新型コロナウイルス感染症に対するmRNAワクチンはかなり有効ではあるが、もちろん有効率は100%ではなく、ワクチンを2回接種しても感染、発症することはある。また、ワクチンが効きにくい変異株が出現する恐れやワクチンが有効な期間に不確実な部分はあり、ワクチンを接種しても集団中の感染者が十分に減るまではこれまで通りの感染対策が必要だ。

しかし、一部の人たちにとっては「新型コロナワクチン接種後も感染対策が必要だ」という、ごくまっとうな主張が「ワクチンは効かない」という自白のように聞こえるらしい*1。どうやら、「有効な医療介入であっても別の対策を併用したほうがいい場合もある」ことを受け入れがたい人がいるようだ。似たような議論はほかにも見られる。たとえば、HPVワクチンは接種後も定期的な子宮頸がん検診が必要だが、「ワクチンを接種していても検診が必要であるならワクチンは不要だ」という誤解はしばしばみられる。

そのような誤解は、量(程度)の評価が不得手であることに関係しているように見える。HPVワクチン不要論はときに「HPV検査を併用した検診で子宮頸がん死や子宮頸がん患者をゼロにすることが可能」といった誤った主張と連鎖している*2。事実は、子宮頸がん検診は、子宮頸がんの罹患や死亡を減らすことはできるが、ゼロにはできない*3。この「減らすことはできるがゼロにはできない」という量(程度)の評価が難しいようなのだ。

論理的には「検診で浸潤がんやがん死をゼロにはできなくても十分に減らせるのだからHPVワクチンは必要ない」という主張は可能である。検診の害についても十分に評価した上でHPVワクチンは必要ないと主張する論者となら有意義な議論ができそうだ。しかし、残念ながら私の知る限りではそのような論者はいない。HPVワクチンに批判的な論者の一部は検診の害をきわめて低く見積もっている。というか、検診の害の存在すら理解していないように見える。検診に伴う害は直観的にはわかりにくく「検診自体には害はあるはずはない」という誤解も広くみられる。

興味深いやり取りをしたことがある。「HPVワクチンを推進する人たちは検診には否定的だった。ツイッターでそういう意見をたくさん見た」というような主張をした人に、たくさんあるなら一つか二つ具体的に例示するようお願いしたのだが、その人は具体的な例を一つも挙げることができなかった*4。おそらくだが、検診をあまりにも過大に評価しているがゆえに「子宮頸がん検診は有効であるが限界はあるし害もある」というまっとうな主張がその人には「検診否定論」のように見えたのではないか。

さらに興味深いことに、HPVワクチンに否定的かつ検診に否定的な論者ならわりといるのである。典型例は近藤誠氏や浜六郎氏*5であり、その支持者たちである。HPVワクチンに否定的な論者の多くは検診を著しく過大評価しているか、逆に著しく過小評価しているのかの両極端のどちらかだ。ただ、彼らは検診の有効性についてお互いに批判し合ったりはしないようだ。

国際的にも標準的な考え方では、子宮頸がん検診とHPVワクチンは子宮頸がん予防の両輪であり、両者を組み合わせることでより効果的に浸潤子宮頸がんの罹患やがん死を抑制できる*6。ワクチンが予防できない病原性の低い型のHPVによる病変は検診がカバーする一方で、検診では予防できない前がん病変や進行の早い浸潤がんをワクチンが予防する。検診だけ、あるいはワクチンだけでは効果は限定的だ。

HPVワクチンを接種するかどうかは個人の自由であり、ワクチンなしで検診だけ受けたい人はそのようにすればよい。あるいはワクチンだけ受けて検診はパスしたいという人もいるだろう。両方受けるのも、両方受けないのも自由。ただ、どのような選択をするにせよ、正確な情報が提供されるべきだ。医療行為が絶対安全で効果抜群か、危険で効果のないものかのどちらかだけなら単純で理解しやすいが、現実はそうではない。不確実性を受け入れた上で選択しなければならない。

*1:URL:https://twitter.com/daitouanohokori/status/1369645269436956672https://twitter.com/sxzBST/status/1400282023147704320

*2:URL:https://twitter.com/hatatomoko/status/734381417220722689

*3:PMID: 23706117、PMID:24192252

*4:URL:https://twitter.com/NATROM/status/1019729756072263680

*5:URL:https://alter.gr.jp/magazine/detail.php?id=2770https://npojip.org/chk_tip/No65-file10.pdf。検診否定と同時に「脂質摂取・たんぱく質摂取・睡眠」の過大評価が同時に見られる。根拠は時系列研究だけできわめて雑な論考だ。浜六郎氏はわかっててやっていると私は考えている。

*6:ゼロにはならない