NATROMのブログ

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「過剰診断とは治療不要の病気を診断すること」と説明しないほうがいいかもしれない

がん検診の文脈で広く受け入れられている過剰診断の定義は「治療しなくても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない病気を診断すること」である。この定義では、治療が必要かどうかには触れられていないが、治療しなくても症状や死亡の原因にはならないのだから、当然、治療は不要だ。そのため、「過剰診断とは治療が必要ではない病気を診断すること」と説明されるときがある。この説明でも間違ってはいないが、ときに誤解を招きうる。

有効ながん検診でも、がんや前がん病変と診断された中には一定の割合で過剰診断が含まれる。たとえばマンモグラフィーによる乳がん検診では、検診で発見・診断されたがんの20~30%が過剰診断、つまり、治療しなくても症状や死亡の原因にはならないものだ。しかし、実際には検診で診断された乳がんはほぼ全例治療されてしまう。なぜなら、診断した時点ではどの乳がんが過剰診断かどうか、区別できないからだ。過剰診断かどうかを治療前に完全に区別できる技術があれば、過剰診断ではない乳がんだけを治療すればいいのだが、現時点ではそのような技術はない。一定の割合で過剰診断が含まれることを承知の上で、すべて治療するしかない。

つまり、検診で発見・診断された乳がんは、一定割合で過剰診断が含まれるが、「治療の必要がある」。この論理を十分に理解していないと、「検診で発見・診断された乳がんは治療の必要がある」のだから、「検診で発見・診断された乳がんは過剰診断ではない」という誤解に結びついてしまう。

乳がんは診断されるとほぼ全例治療されてしまうが、子宮頸がん検診で発見された子宮頸部異形成(子宮頸部上皮内腫瘍)はそうではない。子宮頸部異形成が浸潤子宮頸がんに進行すると、命を落としたり、そうでなくても子宮全摘術のような侵襲性の高い治療を受けなければならなくなる。円錐切除術などの子宮頸部の局所切除で浸潤がんへの進行を予防できるが、そのような治療は多かれ少なかれ痛みや出血を伴うし、治療後に早産のリスクが高まる。

子宮頸部異形成は軽度、中等度、高度と分類でき、軽度異形成(CIN1)であれば治療はされずに経過観察(積極的監視)されるが、高度異形成(CIN3)は子宮頸部の局所切除が必要とされる。中等度異形成(CIN2)は国によって治療されたりされなかったりだが日本では経過観察されることが多い。
この情報だけで、高度異形成であっても過剰診断が多そうだ、ということはお分かりいただけるであろう。過剰診断である確率はグラデーションだ。中等度異形成が経過観察でも大丈夫とされているのに、高度異形成になったとたんに過剰診断である可能性が非常に低い、なんてことはありそうにない。実際のところ、高度異形成の過剰診断の割合は約50%~80%と推定されている*1。つまり、治療を要するものに限っても子宮頸部異形成の半数以上は過剰診断である。「治療が必要だから過剰診断ではない」とは言えない。切除した病理組織を詳しく調べても、ガイドラインに沿って適切に対応しても、過剰診断ではないとは言えない。過剰診断とはそういうものである

仮の話として、子宮頸部異形成の治療を行っている臨床医が、「過剰診断を裏付けるような術後病理結果は出ていない」「過剰診断や治療にならないよう様々な基準をクリアした上で手術が行われている」などと学会で発表したとして、その医師はがん検診で広く受け入れられている過剰診断の定義について理解していないだけだ*2。査読がない学会や査読の緩い医学雑誌に発表はできても、一定のレベル以上の医学雑誌にはその主張が掲載されることはない。治療を受ける患者さんに対して適切な情報提供がなされているかもきわめて疑問だ。

残念ながら、過剰診断の定義をよく理解していない医師はまだまだいる。そのような医師は、過剰診断ではないかという指摘を、医療過誤の告発であるかのように受け取る。そのため「この症例は治療が必要であったがゆえに過剰診断ではない。診断・治療は適切であった」という的外れな反論をしてしまう。しかし、「過剰診断について議論することは良い科学であり、過誤の告発ではない」*3。私は良い科学を目指したい。徐々にだが過剰診断についての理解は進んでいるように感じる。このブログでの情報提供が状況改善に微力なりとも貢献していることを願う。


*1:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10037103/, https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27068430/, https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18407790/

*2:もしくは世界中の専門家がまだ誰も知らない、過剰診断がどうかを区別する魔法のような技術を開発したか

*3:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28765855/