NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

イソジンうがいで新型コロナの重症化予防という話はどうなったか追いかけてみた

2020年8月の会見「うそみたいな本当の話」

新型コロナウイルス感染症の第四波の真っ最中で、とくに大阪府は厳しい状況だ。大阪と言えば、昨年2020年8月に大阪府吉村洋文知事が会見で「うそみたいな本当の話をさせていただきたい。ポビドンヨードを使ったうがい薬、目の前に複数種類ありますが、このうがい薬を使って、うがいをすることでコロナの陽性者が減っていく」と述べた。また、接待を伴う飲食店の従業員や医療介護者・介護従事者などに「ポビドンヨードうがい薬によるうがいを励行」を勧めた*1。ポビドンヨードを使ったうがい薬の代表的な商品がイソジンうがい薬である。会見はテレビで放送され、うがい薬の売り切れが続出したという。

ポビドンヨードに新型コロナウイルスを不活化する作用があるのは事実だ。ただ、それは試験管内、実験室内の話で、実地臨床の場において感染予防効果や重症化予防効果があるかどうかは別問題である。本記事では、重症化予防の臨床試験の話がメインであるが、その前に感染予防について簡単に述べておく。

感染予防効果について

感染予防は、他人から本人への感染予防と、本人から他人への感染予防とは区別される。うがいをした本人が他人からの感染を予防する効果があるとは吉村知事は言っていない。以前の研究では、通常の風邪についてはポビドンヨードによるうがいに感染予防効果は認められていない。水道水によるうがい群と比較したランダム化比較試験ではむしろ水道水群よりも成績が劣った*2。ポビドンヨードには風邪ウイルスを不活化する作用があるのに実地臨床において感染予防効果が水よりも劣る理由については明確にはわかっていないが、殺菌成分が常在細菌叢や正常粘膜に悪影響を及ぼしている可能性が考えられる。

本人から他人への感染予防効果については議論があるところだ。ウイルスに感染している人がポビドンヨード洗口を行うと、唾液中のウイルス量は少なくとも一時的には減り、他人に感染させる確率が減るだろうというのは合理的な考えだ。マスクをできない状況、たとえば歯科治療を受ける患者が医療従事者に感染させないためにポビドンヨード洗口が行われることがある*3。吉村知事が飲食店の従業員や医療介護者に励行したもの感染予防効果を期待してのことだ。ただ、臨床的にポビドンヨード洗口が感染を予防するという研究は現時点では発表されていない。

ポビドンヨード洗口は比較的安価で安全であり、歯科治療時のように回数が限られているのであれば施行してかまわないと個人的には考える。ただし、飲食店の従業員や医療介護者が日常的にポビドンヨード洗口を行うと、常在細菌叢や正常粘膜に悪影響を及ぼす懸念はある。また、ガラガラと喉の奥まで洗うと飛沫が飛ぶので、やるなら静かに口に含むだけがいいだろう。他人への感染予防を目的とするなら、ガラガラという行動を招きかねない「うがい」という表現ではなく「洗口」したほうが望ましいのではないか。

重症化予防について

さて、本命は重症化予防である。新型コロナウイルス感染症は、重症化する人がいる一方で、無症状や軽症にとどまる人もいる。その違いを説明する仮説の一つが、ウイルスが上気道に留まれば軽症で済むが、誤嚥などで唾液に含まれたウイルスが下気道に達することで重症化する、というものだ。すると、唾液中のウイルス量を減らせば重症化を抑制する可能性はある。少なくとも検証する価値はあるだろう。ポビドンヨード洗口は比較的安価で安全であり、もし重症化予防効果があるなら大きな福音となる。

2020年8月の発表資料では「ポビドンヨード含嗽で宿泊療養者の唾液ウイルス陽性頻度は低下する」というところまで示されていた。正直、発表資料だけでは「府の宿泊療養施設の療養患者(41名)を対象」としたことはわかるものの、非含嗽群が何人で含嗽群が何人なのか、そのうち何人がウイルス陽性だったのかわからない*4。まあ、準備段階なので仕方ないのであろう。

f:id:NATROM:20210413234632j:plain
ポビドンヨード含嗽によるウイルス陽性率の変化


また、重要なのはウイルス陽性率ではなく重症化率である。「はびきの医療センター発表資料」には、「ホテル宿泊療養施設でのポビドンヨード含嗽の重症化抑制にかかる観察研究」「宿泊療養から医療機関への入院搬送を endpoint として評価」とあって、これから重症化予防効果を検証するように読める。これが、2020年8月の段階。

臨床試験登録されていた

2020年11月の吉村知事のツイートでは、「うがい薬の第二次研究は現在進行中です。来年の1月か2月頃に研究成果が明らかになる予定と聞いています」とある。しかし、2021年4月の現在、まだ明らかになっていない。



どういう状況なのか調べてみたところ、■臨床研究実施計画・研究概要公開システムに登録されていた。意外とちゃんとしている。出版バイアスや粉飾を避けるため、臨床試験は試験計画書の事前登録と公開が必要だとされている。事前登録を義務付けることで、小規模の臨床試験を複数回行って、期待するような結果が得られなかったものは発表せず、偶然でもよいので自説に都合のよい結果が出た研究だけ発表するといった不正を防げる。

主要評価項目を前もって具体的に定め、公表しておくことも重要である。そうしないと、多くの項目を手当たりしだい測定しておいて、たまたま改善した項目のみを強調するといった不正が可能になる。観察期間やサブグループ解析を含めると組み合わせは膨大になり、実際には効果がなくても偶然に見かけ上の有意差が生じてしまう恐れが大きくなる。主要評価項目は通常は一つだけで、そのほかに測定したいものは副次評価項目とする。よい臨床試験は、患者の利益に直結した重要な項目を主要評価項目としている。登録情報だけでも臨床試験の質はだいたいわかるものだ。

臨床試験登録情報を批判的に吟味してみた

さて、「COVID-19に対するポビドンヨード含嗽による唾液中ウイルスの低減効果に関する研究」も事前に登録され、情報が公開されている。


■COVID-19に対するポビドンヨード含嗽による唾液中ウイルスの低減効果に関する研究(臨床研究実施計画・研究概要公開システム)


私が参照したのは令和3年(2021年)3月10日が最終公表日のバージョンである。研究責任(代表)医師の所属機関は「大阪府立病院機構大阪はびきの医療センター」で、この研究で間違いないだろう。試験デザインは、無作為化比較(ランダム化比較試験)という質の高い試験方法だ。2020年8月の段階では観察研究とされていたが、これは期待できる。

対象は新型コロナ陽性の無症候・軽症例。介入群は「宿泊療養2日目から6日目までポビドンヨード含嗽を行うよう指示」され、対照群は「宿泊療養2日目から4日目まで水含嗽、5日目と6日目にはポビドンヨード含嗽を行うよう指示」される。介入群と対照群で重症化率に差があるかどうかをみれば、ポビドンヨード含嗽による重症化抑制効果を検証できる。

細かいこと言うと、盲検化されておらず、意識的あるいは無意識的に「介入群において重症化ではないと判断してしまう」バイアスが生じうる。たとえば、「宿泊療養から医療機関への入院搬送」をもって重症化だと評価すると、介入群ではギリギリまで搬送せずに粘る一方で、対照群ではちょっと悪化したらすぐ搬送する、といった操作で効果があるように見せかけることが可能になる。そのような疑惑を招かないような客観性の高い判断基準が必要だ。宿泊療養中だから画像検査はそうそうできないし、体温や酸素飽和度でも評価するのであろうか。

などと思いながら主たる評価項目を読んでみた。

宿泊療養2日目唾液検体の RT-PCR でウイルスが検出された被験者のうち、宿泊療養5日目における 唾液のRT-PCR による SARS-CoV-2 ウイルスの陰性化率

重症化抑制を検証するんじゃなかったのかよ!確かにウイルス陰性化率は客観的だけど代理指標にすぎない。まあでも、重症化を指標とすると有意差がつきにくいので、主要評価項目はウイルス陰性化率にしたんだろうな…。論文にしないといけないしね…。あえて重症化は副次的評価項目に回したんだろうな。

そんで、副次的な評価項目がこれ。
宿泊療養2日目唾液検体の RT-PCR でウイルスが検出された被験者のうち、宿泊療養6日目における唾液のRT-PCR による SARS-CoV-2 ウイルスの陰性化率

なんでだよぉ!6日目のウイルス陰性化率ってそんなに重要?百歩譲って、副次的評価項目は複数登録できるんだから、重症化率も入れるべきだろ!

なお、進捗状況は「募集中」だそうです。ウイルス陰性化率だけでなく、重症化を含めた患者中心のアウトカムについても検討し、有意差がつこうとつくまいときちんと結果を発表していただけることを期待しています。有意差を認めなかった研究が失敗なのではありません。研究の目的となった臨床的疑問に対して何も答えが得られなかった研究が失敗です。「この方法はどうやら効果がない(少なくとも有意差を認めるほどは効果は大きくない)」といったことが新しく判明することも研究の成果です。