NATROMのブログ

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服に薬理作用があるから服用という?

「統合医療」という言葉には既にネガティブなイメージがつきつつあるようだ。最近、「統合医療」を教えるため新設を申請した統合医療大学院大(東京)について、大学設置・学校法人審議会が設置を認めないよう答申したというニュースがあった((■朝日新聞デジタル:「統合医療大学院大」開校に待った 大学設置審 - 社会■統合医療大学院大の新設不可…準備不足と判断 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)))。そのニュースを受けて、医師向けサイトで「統合医療、と聞いて…」イメージがわくか、わかないかの簡単なアンケートが取られていた。回答には一言コメントでき、そのコメントに対して参加者は「そう思う」というボタンを押せる。そう思うが多い順でみると、見事にネガティブなコメントが並んでいた。

「ハッキリと「呪術」と言い換えるべき」「しいて言えばインチキというイメージ」「患者さん側に立った学問ではなくいかがわしい業者も混じった業界の後押しで成り立っている当たりが怪しく思われる原因」などなど。中立的なコメントは「玉石混淆」ぐらい。ネットに親和的な医師による回答というバイアスがかかっているものの、平均的な医師は「統合医療」にあまり良いイメージを持っていないのは確かであろう。

統合医療を掲げている医療機関がすべてトンデモというわけではなく、標準医療では満足できない患者さんの受け皿として代替医療を行う医師もいたほうがいいと私は思うのだが、実情を見るに「玉石混交」でしかも石がメインであると言わざるを得ない。■国際統合医学会が「国際個別化医療学会」に名称変更した理由の一つが、統合医療という言葉につきつつあるネガティブなイメージを避けることにあるかもしれない。

さて、国際個別化医療学会のサイトでは学会誌のサマリーを読むことができる。そのうちの一つをご紹介しよう。EBM(根拠に基づいた医療)の信頼性に対する異議申し立てである。


■国際統合医学会誌 | 薬(サプリメント)は飲まないでも効くのか?EBMに対する批判的見解


服用の語源は古書「書経」にあるといわれ, 服に薬理作用があることを示唆している。すなわち薬物を身体に取り込まなくても, 薬効が生じる事を, 東洋人は認識していたと思われる。実際, 薬物を投与せず身体に近接させただけで, 被験者の握力に変化のみられることはオーリングテストにおいて認知されているが, 握力だけでなく, 平衡感覚や関節可動域においても変化が見られる。近年EBM(Evidence Based Medicine)による治療効果判定が盛んに行われているが, EBMにおいて上位レベルに位置するランダム化試験やコフォート試験においては, 薬物(サプリメント)は体の中に取り込まれなければ絶対効かないという前提がある。しかしながら, 物質は体に近接するだけで体を変化させるので, この前提は覆される。前提が覆される以上, EBMは治療効果を正しく評価するとは考えにくい。ランダム化試験に用いられる盲検法にしても, プラセボが身体に近接しただけで身体に変化を与える可能性があるにもかかわらず, 検証していない事もEBMの信頼性を損なう理由となると思われる。


物質が何らかの「固有波動」を持ちそれが体に影響しているというメカニズムを想定しているようだ。荒唐無稽に聞こえるものの、「物質は体に近接するだけで体を変化させる」ことを示す強い証拠があれば話は別である。

「物質は体に近接するだけで体を変化させる」証拠を得るにはどうすればいいか。体の変化はたとえば握力で測ればいい。被験者に調べたい物質を近接させて、握力に変化があるかどうかを調べればよいが、単なる心理的な影響なのか、物質の「固有波動」のせいなのか、区別できなければならない。被験者や測定者が、「この物質を体に近接させてば握力が落ちるはずだ」と思っていたら、無意識的に握る力を弱めたり、低めの測定値を出したりするかもしれない。

物質の「固有波動」とやらで「物質は体に近接するだけで体を変化させる」としたら、被験者や測定者が物質が何なのかを知らなくても安定した結果が得られるはずである。被験者や測定者に物質が何なのかを知られていたら、「固有波動」ではなく単なる心理的な影響に過ぎない可能性を否定できない。つまり、「物質は体に近接するだけで体を変化させる」証拠を得るには二重盲検法による試験が必要なのである。「薬物を投与せず身体に近接させただけで, 被験者の握力に変化のみられることはオーリングテストにおいて認知されている」とあるが、私の知る限りでは、きちんとした二重盲検法をクリアした研究はない。

「ランダム化試験やコフォート試験においては, 薬物(サプリメント)は体の中に取り込まれなければ絶対効かないという前提がある」とあるが誤りである。上記したような二重盲検法を行い、薬剤が体の中に取り込まれなくても効くことをきちんと示せばいいだけだ。それを示す責任があるのは、「物質は体に近接するだけで体を変化させる」と主張する側であるが、その責任は果たされていない。だいたい、「物質は体に近接するだけで体を変化させる」ことが事実だと仮定しても、実薬群とプラセボ群で差があったのなら、実薬が効くことは確かであろう。

この論文の著者はランダム化試験や盲検法について良く理解していないのではないか。この論文を掲載した編集部の見識も問いたい。論文の著者は「EBMの信頼性を損なう理由」を述べたつもりであろうが、著者および国際個別化医療学会誌の信頼性を損なっただけである。こういう論文がリジェクトされずに載るようであれば、今後は「個別化医療」にもネガティブなイメージがつくようになるかもしれない。そうしたら国際個別化医療学会は、また名称を変更するのであろうか。