■世界で一番美しい元素図鑑 セオドア・グレイ (著), 若林文高 (監修), ニック・マン (写真), 武井摩利 (翻訳)
元素コレクターによって書かれた本。元素コレクターというか、元素オタクと言っていい。この本は元素に対する愛にあふれている。著者のセオドア・グレイは、■周期表テーブル(The Wooden Periodic Table Table)を作ったことに対して、2002年のイグノーベル賞(化学賞)を受賞したぐらいだ。このテーブルには「周期表の形をした机で、各元素の部分の蓋を取ると中にその元素または関連品が入っている(P235)」のだそうだ。周期表については説明の必要はないだろうが、これのこと。
周期表は、この古めかしい形で世界中に知られています。だれが見ても、すぐそれとわかります。ナイキのロゴやタージ・マハル、アインシュタインのヘアースタイルと並んで、周期表もまた私たちの文明の象徴ともいえるイメージのひとつです。
周期表の基本構造がこの形なのは、芸術的な理由からでもなく、思いつきや偶然のためでもありません。量子力学の基本的かつ普遍的な法則によるものです。メタン呼吸する宇宙人の文明ではシューズの宣伝ロゴが四角かもしれませんが、そこでも周期表は、見たとたんに私たちの周期表と同じだとわかる論理的構造を持っているはずです。(P6)
「世界で一番美しい」という邦題(あまりセンスが良くないと個人的には思う)の通り、元素および化合物・応用製品の写真が多数載っている。著者は元素コレクターであるからして、ほとんどが個人の所有物の写真だそうだ。
本書に写真が載っているものはほとんどすべて私のオフィスのどこかにあります(FBIに押収された1点とその他数点を除いて)。(P11)
FBIに押収されたのかよ!それはともかく、写真は本人のサイトでも見ることができる(例:■Poster3.2000.JPG (2000×1029))。本書はいささか値が張るが、ネットで楽しむぶんは無料だ。
写真だけでなく、文章も楽しい。
ナトリウムはアルカリ金属(周期表左端列の元素)の中で最も爆発力が高く、また最も味わい深い元素です。
まずは爆発性。ナトリウムを水中に投げ込むと急激に水素が発生し、数秒後には発火して大爆発が起こり、燃えるナトリウム片が四方八方に飛び散ります(他のアルカリ金属も水に入れると似たような反応を示しますが、最も派手に爆発して世界中の悪戯好きに好かれているのがナトリウムです)。
味わい深いというのは、ナトリウムが塩素(17)と化合すると塩化ナトリウム、すなわち食塩になるからです。アルカリ金属の塩化物としては食塩が一番美味しいのは、衆目の一致するところ。減塩食用に塩化カリウムの塩も売られていますが、塩味の他に金属っぽい苦味がします。塩化ルビシウムと塩化セシウムは塩味が薄くて金属の味がより強く、塩化リチウムは舌が焼けるような感じの後で油っぽい金属の味が口に残ります。(P35)
味わい深いって文字通りの意味かよ!ていうか、他のアルカリ金属塩化物を舐めたのかよ。「食塩が一番美味しいのは、衆目の一致するところ」って、食塩以外のアルカリ金属塩化物の味を知っている人って、「衆目が一致」するほどたくさんいないから。ちなみに、ナトリウムが「最も派手に爆発」すると断言できるのは、「アルカリ金属を1種類ずつ水に放り込んで爆発させる番組を数日がかりで撮ったことがある(P131)」からだそうだ。
元素図鑑であるからして、ウランやプルトニウムも載っている。ウランについては、「米国では純ウラニウム金属の個人所有は合計15ポンド(約6.8kg)までなら合法で、元素コレクター向けにウランを販売している企業も数社ある(P211)」そうで、ちゃんと純元素の写真が載っていた。原子爆弾に使うのはウラン235のほうで、ウラン238は「比較的」安全だからだろう。■ウラン235を多く含む原子炉燃料ペレットの写真も載っていたけどな*1。プルトニウムはさすがに「私的所有は完全に禁止されている(P217)」が、例外として、かつてプルトニウム電池を使ったペースメーカーがあったそうだ。
もしあなたが[ペースメーカーの]装着者なら、生きている間はプルトニウムの所有を認められます。私は以前、葬儀屋さんからメールで質問されたことがあります ―お客様の体内に放射性ペースメーカーがあるのだがどうしたらいいだろうか、と。コレクションに加えるから私に送ってくれと言いたいのはやまやまでしたが、「すべてのプルトニウムは故郷のロスアラモスに帰り、愛のこもった世話を受けるようにと法で定められています」と正直に助言しました(うそじゃないですよ)。(P217)
というわけで、プルトニウムについては、純元素の写真が載るべき場所には、中身が空っぽの「■心臓ペースメーカー用プルトニウムケース」の写真が載っている。ペースメーカー以外のプルトニウム関係の写真については、「■プルトニウムのレメディ」が紹介されている。「代替療法のホメオパシーの製品には、成分表示に記載された物質が全然入っていないインチキ薬が多い。ただ、このプルトニウム錠について言えば、入っていないのは間違いなく良いこと(P217)」。元素番号が大きくなっていくにつれて、写真や説明が苦しくなっていくところも本書の見どころの一つ。炭素(C)や銅(Cu)や金(Au)ならば、応用製品の写真も、書くこともいくらでもあるだろうが、たとえば、フランシウム(Fr)についての写真を撮るのは苦労するだろう。プルトニウムは、まだレメディがあるだけよかった。
*1:本には「所有するには許可が必要」と書かれていたけど、ウェブサイトには「違法かどうかはっきりしません。もし違法だとしたら、何も含んでいないと思っていたことにします」というようなことが書いてある