NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

誰が遺族の背中を押したのか?医療ミスで東芝病院を刑事告訴

医療ミスによって家族が死亡したとして、遺族が病院を刑事告訴したというニュース。


■「医療ミスで次男が死亡」 政治評論家の本澤二郎さんが東芝病院を刑事告訴 - MSN産経ニュース


 告訴状などによると、死亡したのは本澤さんの次男の正文さん=当時(40)。別の病院で脳手術を受けた後、植物状態となっていたが、昨年4月7日、誤嚥性(ごえんせい)肺炎の疑いで東芝病院に入院。午後7時40分ごろ、院内の個室で死亡しているのが見つかった。

 死因は、たんがのどに詰まったことによる窒息死だったが、告訴状では、看護師が約1時間40分にわたって巡回に行かず、異常を知らせる警報装置などを取り付けていなかったことが原因と主張している。


まず、亡くなった患者さんに哀悼の意を表する。本件において、業務上過失致死に相当する過失があったかどうかについては、本エントリーでは論じない。興味がある方は、ぐり研ブログさまが考察されているので、参照されていただきたい(→■高名な政治評論家の本澤二郎氏が東芝病院を刑事告訴: ぐり研ブログ)。いずれ、事実が明らかになることを期待する。

本エントリーでは、遺族が刑事告訴を行った要因の一つについて述べる。というのも、本澤二郎氏のブログを読んで、興味深い記述を発見したからだ。産経ニュースによれば、「別の病院で脳手術を受けた後、植物状態となっていた」とある。本澤二郎氏によれば、「大いなる診断ミス(脳膿瘍とガンを間違える)」の結果であるが、その件を「なぜ刑事事件にしなかったのか」と指摘した医師がいたのである。


■「ジャーナリスト同盟」通信:「医師失格」の小さな反響(25)        政治評論家 本澤二郎 - livedoor Blog(ブログ)


 正文は不幸にして、大学病院の担当医(東大医学部出身の教授・助教授)によってCTとMRI撮影、さらに脳血管撮影など一通りの検査をしたうえで「脳腫瘍」と断定した。腫瘍の病状の速度は遅い。入院1週間後の手術と決めた。そのさい、2年足らずの命とも伝えられた。医療に無知な父親はうろたえてしまった。
 野島医師によると、こんな悪どい誤診も珍しいという。「熱があるのだから、まず感染症(脳膿瘍)を疑わねばならない。常識である。どうしてこれがわからなかったものか。医師としての常識がわかっていない。普通は予想出来ないことだ」と担当医を断罪した。

(中略)

 野島医師は「なぜ刑事事件にしなかったのか」と指摘してきた。医師としてあるまじき行為というのである。
 実を言うと、かの善良な医師は正文と同じ運命をたどる青年を、その後に同じ大学病院で目撃した。「本澤君の二の舞になる」と叫んで、手術を急がせて失敗を食い止めた。正文が別人を救ったのである。ということは、正文の担当医は失敗の教訓を全く学んでいないことになる。まだ繰り返しているかもしれない。
 「その医師は今どうしているのか」と問いかけてきた野島医師にとって、正文の担当医は正に医師失格というのである。「医師免許はく奪が相当」というのである。同じ医師でも、正直な医師にかかると、医療ミス(過誤)は明解に分析可能なのだ。


脳膿瘍と脳腫瘍は鑑別が難しいケースもあるが、情報に乏しいため、脳膿瘍を脳腫瘍と「誤診」した件が医療過誤に相当するかどうかについても、本エントリーでは論じない。しかしながら、正直な医師であるところの野島医師の主張一般については検証可能である。名前を覚えている読者もいるだろう。担当医を断罪した野島医師とは、「野島クリニック(東京・港区芝浦)の野島尚武院長である」。そう、「ガン・糖尿・アトピーをはじめほとんどの病気を治す遺伝子ミネラル療法」を行っている■野島尚武博士のことである。「ブルガダ症候群を聞いたことが無い」ような医師であるが(ブルガダ症候群は医師国家試験にも出題されるような疾患である)、脳腫瘍と脳膿瘍の鑑別については、他の医師を断罪できるぐらいの知識はあるらしい。

詳しくは■何でも治る超ミネラル水。野島尚武博士が熱い!で論じたが、野島医師の主張はきわめてユニークである。私の知る限りにおいては、野島医師による遺伝子ミネラル療法の効果を支持する臨床試験はおろか、症例報告すら存在しない。しかしながら、本澤二郎氏は、野島医師の主張を信じているようである。


■「ジャーナリスト同盟」通信:本澤二郎の「日本の風景」(217) - livedoor Blog(ブログ)


 野島さんがミネラル溶液と出会ったのは、かれこれ13年前だという。「がん治療に使ってみて驚いた。がんだけでなく、ほとんどの現代病が片っ端から治った」というのである。「正常な体にはがんはできない」という。彼が開発した超遺伝子ミネラルは「がんを治すのではなく、がんを殺すことのできる体に戻すだけ」というのである。
 がんについては「痛みをとる」「副作用を起こさない」「転移を防ぐ」「がんの種類を問わない」という。
 人間本来の健康体にすることで現代病を治癒できるというのである。
 我が家も試すことにしたい。野島学説が日本医学界の主流になれば、世の中、明るくなるだろう。希望の21世紀も夢でなくなる。実にすばらしい学説であろうか。荒船君が力こぶを入れるだけの価値がありそうだ。
 政権の交代も幸いするのかもしれない。


日本の医師数は30万人弱だという。全員が医師国家試験を合格しているはずだが、ペーパー試験でおかしな主張をする人を完全に除外するのは困難である。医療訴訟の問題点としてよく指摘されるのが、おかしな鑑定を行う医師の存在である。鑑定人が水準から著しくかけ離れたトンデモな主張を行ったとしても、非専門家である裁判官が判断するのは困難だ(■トンデモ医療裁判でこの問題に触れた)。裁判の場に限らない。医学知識の無い一般の人が、自分や家族が「結果的に悪かった」医療を受けたことに対して、「それは医療ミスだ。医師免許はく奪が相当だ」と言ってくれる「正直な医師」を信じてしまうのも仕方のないことであろう。水準以上の医師であれば刑事訴訟をけして考えないようなケースであっても、「ユニークな」主張を行う医師が同じように考えるとは限らず、「被害者」による刑事告訴を後押しすることもあるだろう。

既に述べたように、本件が業務上過失致死に相当する過失かどうかは論じない。仮に1000人の医師がいたら999人までが本件を業務上過失致死に相当する過失とみなさないとしても、たまたま1人の医師の言い分を信じて刑事告訴に至ってしまうこともありうる、という可能性を指摘するに留める。「トンデモ医療裁判」について、医療者は遺族やマスコミや司法を批判しがちであるが、医療者自身の問題でもあるのだ。