NATROMのブログ

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標準医療は画一的で、代替医療は個別的という誤解

「普通の医療機関で提供されている標準医療(「西洋医学」による医療)は、個人差を考慮しない、いわば既製服のような医療であるのに対し、代替医療(統合医療/補完医療)は、個々に応じたオーダーメイドの医療である」という誤解をしばしば散見する。たとえば、こんな感じ*1





「同じ病名の人に同じ薬を与えるのが通常医療、一人一人に合った違うレメディを与えるのが補完療法。」


同じ病名の人には同じ薬を与えればいいのであれば、医師にとってこんなに楽なことはない。実際には、同じ病名であっても、病態や進行度や患者背景によって、治療法は異なる。たとえば、「肺癌」という病名であっても、小さいうちに発見された肺癌と、既に転移している肺癌で、治療法が異なることは、医療従事者でなくても容易に推測できるだろう。進行度が同じでも、余病がなく元気な人なら手術できても、慢性閉塞性肺疾患を患っていれば手術できないこともある。抗癌剤の選択も、肺癌の組織型によって異なる。さらに、診断や治療法の進歩によって取りうる選択肢はどんどん増えている。具体的に、慢性C型肝炎について大雑把ではあるが説明しよう。

個別的な標準医療の例

かつては、慢性の肝障害の治療法は限られていた。高蛋白食をとって安静にして、あとは肝庇護剤を使うぐらいであった。そもそも1980年台の終わりごろまではC型肝炎を診断する方法がなかった。他の慢性肝疾患とひとくくりにされて、対症療法のみなされていた。それが、1990年代の初めにインターフェロン治療が試みられるようになった*2。慢性C型肝炎の一部は治るようになったが、その確率は低かった。インターフェロンは高価であるし、副作用もある。治療前に、インターフェロンが効くかどうか予想できれば診療に役に立つ。いろいろ調べた結果、ウイルスのタイプと量が、インターフェロンの効果に関係していることがわかった。同じ「慢性C型肝炎」という病名であっても、ウイルスのタイプと量で、治療効果が異なるのだ。

2004年に、効きにくいウイルスのタイプ(ジェノタイプ1)と量(高ウイルス量)の人に限り、新しいインターフェロン治療が承認された。それでも治らない人が半分ぐらいいたのだが、標準では48週間の投与のところ、72週間投与すれば治る人もいることがわかってきた。インターフェロン治療を開始すると、C型肝炎ウイルスの量はどんどん減っていく。速やかにウイルス量が感度以下になった人は48週間でいいし、時間がかかる人は72週間に延長し、治療にも関わらずウイルス量が感度以下にならない人は途中で治療を打ち切るようになった。以上、慢性C型肝炎の治療が個別化されていった歴史を図にするとこう。





慢性C型肝炎の治療が個別化されていった歴史


ごちゃごちゃしているが、要するに、患者さんごとに治療法を変えるのは標準医療でも普通だってこと。さらに言うなら、ここで挙げた、ウイルスのタイプ、量、治療反応性以外も治療法の選択の際に考慮すべき因子はたくさんある。C型慢性肝炎治療ガイドラインには、「Ribavirin併用療法を行う場合には治療効果に寄与するホスト側の因子である、年齢、性別、肝疾患進行度、IL-28のSNPおよび、ウイルス側の因子である遺伝子(Core領域70,91の置換,ISDR変異)、Real time PCR法によるウイルス量などを参考にし、治療法を選択することが望ましい」とある*3。もうすでに、慢性C型肝炎に対する標準医療は、オーダーメイド治療と言っていいと思うんだけど。

一部の代替療法はきわめて画一的

オーダーメイド的な代替医療もあることには同意する。ホメオパシーにおいては、レメディの種類は山のようにあり、個々の患者さんの症状のみならず、性格や体質や性癖や場合によっては、「目に見えないエネルギー」やら「ご先祖様の想い」すら考慮に入れてレメディーを選択するとされている。標準医療との相違点は、標準医療では概ね科学的根拠に基づいて治療法を変えているのに対し、ホメオパシーではそうではないことである。

一方で、一部の代替療法こそ「既製服のような医療」だ。たとえば、以前紹介したシモンチーニ氏によれば、すべての癌は真菌による感染症であり、重炭酸ナトリウムで治るそうである。大腸癌の治療法は?重炭酸ナトリウム。肺癌の治療法は?重炭酸ナトリウム。乳癌の治療法は?重炭酸ナトリウム。画一的この上ない。こうした例は枚挙にいとまがない。微小生命体ソマチットを発見してしまったガストン・ネサーンが開発した714Xという薬の効果は「如何なるガンにおいても完治率が75%」なのだそうだ。肝癌の治療法は?714X。胃癌の治療法は?714X。子宮体癌の治療法は?714X。インチキ医療を売りたい詐欺師にとって、潜在的な顧客は多ければ多いほど良い。「他臓器転移を伴わない肺扁平上皮癌は重炭酸ナトリウムで治療可能だったんだよ!」と宣伝してもあまり儲からない。

まあ、別に画一的であろうと、個別的であろうと、効けばそれでいいのであるが、だいたいにおいて、代替医療には効くという証拠に欠けている。以前のエントリーの繰り返しになるが、標準医療と代替医療の大きな違いは、画一的か個別的かではなく、十分な証拠(エビデンス)に基づくか否かである。証拠がないことを承知の上で、効くと信じて代替医療を受けるのは自由にどうぞ。「画一的な医療は嫌、個別的な医療を受けたい」、というのであれば、標準医療でも、ある程度は期待に添えます。


*1:http://twitter.com/holistic_bot/status/10372992054

*2:ちなみに、インターフェロン製剤も何種類もある。説明のためにこのエントリーでは過度に単純化している

*3:ここで挙げられている因子の検査法のいくつかは保険適応になっておらず標準医療とは言えない