NATROMのブログ

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在宅酸素療法中の喫煙と火災

慢性呼吸不全の治療の一つが在宅酸素療法である。家庭で酸素をつくるための酸素濃縮器を作っている会社のプレゼンで、火災の延焼実験の動画を見たのだが、これがインパクトがあった。ネット上にないか探してみたのだが、以下のニュース映像の30秒目ほどにある。



酸素が吹き出しているカニューレ(チューブ)に火気を近づけたら当然こうなるであろう、というのは知識ではわかっているのだが、実際の映像を見るとこれがなかなか恐ろしい。なお、動画の「チューブを鼻につけ酸素を吸引しながら喫煙し髪の毛や衣服に引火し死亡→全国で26件」というキャプションは誤りである*1。動画では喫煙が原因で死亡した事例が26件であるように解釈できるが、正確には、平成15年10月から平成21年12月までに在宅酸素療法実施者の自宅において火災が発生し、患者が重篤な被害をおった27例(うち死亡26例)のうち、喫煙によるものは15例である*2。喫煙以外の原因は、不明、漏電、ストーブ、仏壇などである。

とは言え、火災の原因の半数以上が喫煙なわけだ。多くは喫煙が原因で慢性呼吸不全に陥ったであろうに、それでもなお喫煙を続けている人もいるのだ。たとえ病気を悪化させ、寿命を短くさせようとも、本人が情報を提供された上で喫煙を続けることを選択したのであれば、私はその選択を尊重したい。しかし、酸素療法中となると話は別である。なぜなら、火災を起こすと他人が巻き添えになるからだ。もちろん、喫煙を続けている人に対して在宅酸素療法を導入することは基本的にはない。しかし、一旦喫煙を止めた後に再開することだってある。在宅酸素療法中の患者の喫煙者の割合はどれくらいだろう?「在宅酸素療法患者の喫煙実態調査報告」という抄録があった*3。主治医へ申告しているとは限らないので、在宅医療メーカーの協力のもと、実際に患者宅に訪問する担当者によって調査したとのこと。



対象患者12181名中,喫煙者は290名(2.4%),喫煙疑いは269名(2.2%)であった。喫煙患者290名がHOT(引用者注:在宅酸素療法)導入に至った原疾患はCOPD 175名(喫煙患者の60.3%),結核後遺症46名(同15.8%)等である。主治医が喫煙事実を知る例は82名(28.2%)のみであった。訪間宅の同居家族が喫煙する家庭は約14%あった。


2.4%が多いか少ないかはともかくとして、在宅酸素療法中の喫煙者の存在は、臨床上のジレンマになるだろう。診療中に、患者が喫煙者であることが判明したとする。その時点で在宅酸素療法を打ち切るべきか?潜在的な火災の被害者のことを考えればそうするべきである。しかし、在宅酸素療法の中止は、患者の生活の質を著しく落とし、場合によっては命に関わる。あるいは、患者が「これからは絶対に吸いません」と約束したら?そもそも、主治医に正直に喫煙を申告したら治療を中止されるのであれば、患者は喫煙しているという事実を隠すだけである。だったら、COモニターで、患者が嘘をついていないかチェックすることを義務付けるべきか?

一番いいのは、患者が自ら喫煙を止めることである。酸素カニューレに引火する実験映像が在宅酸素療法中の喫煙者がタバコを止めるきっかけになればいいのだろうが、それでも止めない人はいるだろう。そもそも燃えない酸素カニューレというのは作れないのだろうか。これは専門外なので全くわからないのだが、作れるものならとっくに作られているはずなので、技術上だか、コスト面だかの問題があるのだろう。冒頭で紹介した酸素濃縮器を作っている会社のプレゼンは、「安全性に配慮」した新製品の紹介であったのだが、その新製品は、酸素出口のセンサーが過熱を感知したら酸素の供給を停止させる機能を持ってるのだそうだ。カニューレにはセンサーはつけられないので、仮にカニューレに引火したとしたら、実験映像にあったように患者の体に沿って導火線のように燃えつつ、炎が酸素濃縮器の酸素出口に到達した時点でやっと酸素供給が止まるわけだ。これでも火災になる危険性は少なくなる。これまでの製品では、酸素濃縮器まで燃えていたのだから。

*1:細かいとこまで言わせてもらえば、「酸素を吸引」ってのもおかしい。「酸素を吸入」が正しい。冒頭の「酸素に引火」ってのも不正確。酸素じゃなくてカニューレに引火したのだろう

*2:■在宅酸素療法における火気の取扱いについて(厚生労働省)、一般社団法人 日本産業・医療ガス協会の■在宅酸素療法における 火気の取扱いについて(PDFファイル)

*3:大林浩幸、日本呼吸器学会雑誌、45巻P124