NATROMのブログ

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門真市の白血病による死亡は多かったか?

kikulogの■門真市の白血病の件にて、きくちさんが、大阪府の門真市において、高圧線の集中する地域で白血病による死者が異常に多かったかどうか、という話題を取り上げていた。詳しくはリンク先を見ていただくとして、要約するとこう。

  • 門真市の高圧線の集中する地域で白血病による死者が異常に多いのではないかという問題提起が「週刊金曜日」紙面などに載った。
  • 情報源によってややぶれがあるが、たとえば過去10年間に「160世帯で127人亡くなって、その内72人がガンで、そのなかでも白血病が14人」など。
  • 「ガンの発生率は全国平均の20倍、白血病に至ってはなんと全国平均の100倍という異常な高さ」


きくちさんの意見は、「高圧線問題と決めてかからず、放射能汚染などの可能性も考慮すべき。そもそも白血病が異常に多いというのは事実なのか、事実だとして疫学調査は行なわれていないのか」というもの。門真市の健康福祉センターと門真を管轄する守口保健所に問い合わせても、どちらもそういう調査をした記録はないそうだ。これだけの異常な数字が事実であるならば、疫学調査がなされていないのは奇妙なことである。とにかくデータがないことには何も言えない。

というわけで、「日本における癌死亡の地理的分布〜市町村別の標準化死亡比:1980年−1994年〜」という本から、門真市の白血病による死亡についてのデータを紹介する。1997年の『週刊金曜日』では「過去13年間」の癌死亡が問題とされていたので、遅くとも1984年ごろから門真市の高圧線の集中する地域で死亡が多かったと主張されているわけだが、この本では1980年から1994年までの15年間の癌の死亡数について、臓器別・市町村別に調査して5年ごと(1980年〜1984年、1985年〜1989年、1990年〜1994年)にSMRを計算されており、問題となった期間はカバーされている。

SMR(Standardized Mortality Ratio);標準化死亡比とは、観察集団(各市町村)における死亡リスクが基準集団(日本全国)と比べてどの程度大きいか(小さいか)を示す指標である。SMRは、実際に観察された死亡数の合計を期待死亡数で割ったものである。期待死亡数は、基準集団における年齢階級別の死亡数が観察集団に当てはまると仮定した場合、その観察集団では何名の死亡が期待されるかという意味である*1

要するに、年齢については標準化したってこと。高齢者が多いから見かけ上、死亡者が多かったのかも、なんて心配はしなくてよい。たとえばSMRが2であった場合、観察集団の年齢構成が基準集団と同じだった場合に、観察集団での死亡リスクが2倍ということになる。本書ではページの大半が地図であり、統計学的に有意な差があった市町村を色をつけて示してある。たとえば、1885年から1889年までの男性の全白血病の死亡についてはこんな感じ。




全白血病 1985年〜1989年 近畿・中国・四国 男

赤が有意水準p<0.01でSMRが高い、オレンジが有意水準p<0.05でSMRが高い、青が有意水準p<0.05でSMRが低いである。紫が有意水準p<0.01でSMRが低いであるが、地図上には例がない。赤やオレンジのところにお住まいの方も、それだけで心配されないように。仮に死亡のリスクが各市町村でまったく差がなくても、100の市町村があれば、偶然にそのうちの5つはオレンジに、1つは赤になる。じゃあなんで青や紫は少ないんだよ、という点については、おそらく、白血病では期待死亡数が小さすぎるため、人口の少ない市町村では死亡者ゼロでも有意水準を下回らないためだろうと思われる。

5年後ごと、3期にわけてSMRを計算してある理由の一つは、たまたま偶然に有意水準を下回ったのか、あるいは実際に観察集団になんらかのリスク要因があるのかを見極めるためであろう。3期を通じてSMRが有意に高ければ、それは偶然ではなく、実際に何かリスク要因があることを強く示唆している。では門真市はどうか?性別ごとの3期にかけての大阪府の地図を引用する。




1980年〜1984年



1985年〜1990年



1991年〜1994年

分かりにくいけれども、門真市は、1990年〜1994年での男性での死亡が有意水準p<0.05でSMRが高いのみで、他は有意差なしである。1990年〜1994年についてのみ、各市町村における期待死亡数およびSMRの表がついているので、これも引用する。




各市町村のSMR 全白血病 1990年〜1994年

上向きの矢印はp<0.05でSMRが高いことを示す。門真市に白血病のリスク要因が存在したとして、男性にのみ影響し、女性には影響しないということは考えにくい。また、高圧線により門間市の白血病が増えているのであれば、1985年〜1989年でも有意に増えていてよさそうなものであるが、実際には有意でない。他の市町村のSMRと比較してみれば、SMR=1.564は意味のある数字ではなさそうに見える。

SMR=実測死亡数/期待死亡数、であるので、実測死亡数は期待死亡数とSMRを掛ければ計算できる。門真市の1990年〜1994年の実測死亡数は、男性は25人、女性は9人である。以上が成人での話である。一般的に、高圧線のリスクは、成人ではなく小児の白血病との関連が言われている。門真市の1990年〜1994年の「リンパ組織および造血器組織(小児)」は、男性での期待死亡数が1.130、SMRが1.770(有意差なし)、女性が期待死亡数が0.802、SMRが0.000(有意差なし)であった。

要約すると、門真市の白血病による死亡は多かったとは言えない。ただし、これは門真市全体での話であって、門真市の高圧線の集中する地域での白血病の死亡が多かったどうかはわからない。一部地域で白血病のリスクが増えていても、門真市全体で集計すると有意差が消えてしまう可能性は否定できない。門真市古川町もしくは末広町でのSMRが計算できればいいのだが、この本にはそこまでは提示されていない。


*1:この段落は「日本における癌死亡の地理的分布〜市町村別の標準化死亡比:1980年−1994年〜」の記述をNATROMが要約して書いた