NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

2級医師資格は医療費を抑制しうるか?

医療コスト削減対策として、「2級医師あるいは准医師といった資格をつくり、簡単な病気は2級医師が診ればよい」という主張をときに見かける。「医師会が既得権益を守るために反対している」という主張とセットになっていることが多い。典型的には、森永卓郎による■資格医師の数を増やして医療コストを削減せよ(日経BP社)。



 例えば、こうしてみたらどうだろうか。建築士と同じように、医師の資格も1級と2級に分けて仕事を分担するのである。
 確かに、先端医療の場合には、高度な知識や技術が必要なことはわかる。しかし、中高年やお年寄りに多い慢性疾患の場合は、さほど高度な医療判断が必要だとは思えない。極端なことを言えば、医者は話の聞き役にまわればよく、出す答えもほぼ決まりきったもののことが多い。もし、手に負えない症状であったり、急性疾患の疑いがあれば大病院にまわせばいい。
 そこで重要になってくるのは、先端医療技術よりもコミュニケーション能力である。そうした技能の優れた人を養成して、2級医師にするわけだ。2級医師は4年制で卒業可能として、とりあえず大量に育成する。
 最近の若者には、福祉の分野で働きたいという意欲を持つ人が多いから、人は集まるだろう。病院が彼らを年収300万円ほどで雇えば、若年層の失業対策にもなる。
 病院としても、そうした2級医師を採用して「早い、安い」を売り物にすれば人気が出るだろう。高齢者にとっては、待ち時間が減って、話をじっくり聞いてくれるので喜ばしい。こうした医療機関が普及すれば全体の医療費を下げられる。みんなハッピーになるのではないか。


医師会はどうだか知らないが、私は別に反対しない。現状で「仕事を奪われるかもしれない」などと懸念するのは、旱魃のときに洪水を心配するようなものだ。だいたい、病院によっては採血やルート取りや静脈注射が医師の仕事になっているところもあるが、そこで働く医師は誰もが看護師がやってくれたらいいのにと考えている(参考:■大学病院の看護師が静脈注射をしない理由)。2級医師だろうと准医師だろうと、仕事を手伝ってくれる人がいたらどれだけ助かるか。

ただ、実現するには解決すべき問題点がある。たとえば、2級医師が医療ミスをしたときの責任は誰がとるのか。「重症だったら1級医師に回せばいい」というのは安易に過ぎる。多数の軽症者の中に、一見しただけでは分からないような重症者が混じっているからである。見落としの責任を追及される立場には、それ相応の待遇が必要であろう。森永卓郎は「2級医師を大量に育成して年収300万円ほどで雇う」と主張するが、年収300万円で地雷原を歩く人がいるだろうか。いや、いるか。某大学病院の医員は、大学病院からもらう給料は年間300万円ぐらいだった。

よろしい。無職になるぐらいなら地雷原を歩く人もいるとしよう。ならば患者側から見ればどうだろうか。「とりあえず大量に育成された」2級医師に診てもらいたいと思うだろうか。患者側の大病院指向、専門医指向は以前から指摘されているところである。なんらかのアクセス制限とセットでなければ、2級医師制度はうまくいかない。医療の質も保証されない。要するに、2級医師制度でコストを削減しようとするなら、アクセスと医療の質が犠牲になりますよという話。

コスト削減ではなく医師不足対策として、助産師のような看護師の上級の資格を作るのはありだと思う。看護師の中には、それだけの能力を持つ人たちもいる。そういう能力を持った人たちは安い給料では働かない。そもそも人件費は医療費の一部に過ぎない。