NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

なぜ「たらい回し」が起きるのか?

救急患者の受け入れ不能、いわゆる「たらい回し」が起きる原因は多岐にわたっている。訴訟問題や患者のモラルの問題もそうだし、根本的には十分なコストをかけていないことによる。救急隊と病院の連絡不備は些細な問題であり、「空床状況がネットでリアルタイムに分かるシステム」などでは問題は解決しない。対策とってますとアピールできる役人と、仕事がもらえる業者には利益があるので、金ピカのITオンラインシステムはどこぞで導入されるであろう。そして僻地の医師不足対策としてあちこちでなされている「医師バンク」と同じ経過をたどる。

さて、それはともかく、受け入れ不能の一因として今回取り上げるのはベッド不足である。物理的なベッドのことではなく、入院に関する受け入れ能力を指す。ベッドが全部埋まっている状態を満床と言うが、満床であれば入院を要する救急患者は受け入れられない。厳密に言えば、とりあえず外来で応急処置をして入院が可能な病院へ転送すればよいのではあるが、転送先は誰が探すのか?転送先を探している間に悪化したら?転送には誰が付き添っていくの?という問題が解決しない限り現実的ではない。

ならばそもそも満床にならないようにすべきではないか。「たらい回し」報道があるたびに、一般の方々から、「救急病院のくせに満床ってどういうことだ。常にベッドを空けておけ」という意見が見られる。ベッドを空けておくと病院が赤字になってしまうような診療報酬体系の問題もあるが、ここでは入院患者の受け入れ先の問題を主に述べる。大阪市立総合医療センターの空床確保のための涙ぐましい努力を知ってほしい。


■容体安定の患者に転院求めトラブルも 救命救急センター(朝日)


 朝9時、2〜3人の医師がカルテを片手にタウンページをめくり、おもむろに電話をかけ始めた。大阪市立総合医療センター(同市都島区)に併設された救命救急センターのいつもの光景だ。満床で重篤患者の受け入れが不能になる事態を避けようと、入院患者の転院先をひたすら探す。
 患者の自宅近くに移ってもらうのが理想だが、つてがない。「電話帳で上から順にかけるのが手っ取り早い」。週末はほかの病院が休みで交渉が難しいため、毎週金曜日は最低でも10床は空けておきたい。大半は数回の電話で受け入れ先が見つかるが、入院が長引きそうな高齢者は苦労する。


転院先探しは医師の仕事ではない。彼らの頭脳と時間は、患者の命を救うために振り分けられるべきである。本来は医療地域連携室なりの事務方が行うべき仕事であるが、仕方のない部分もあるのだろう。地域の中核病院で働いていたときの私の経験だが、転院先探しは事務方でのやり取りではすまないことが多かった。「手のかかる」患者さんを受け入れるのはどこも嫌がるから、「交渉」が必要になる。ぶっちゃけたことを言えば、「その患者さんはうちで引き受けるから、今度うちの患者さんが悪くなったら速やかにそっちで診てね」というわけ。

「受け皿」の病院に空床がたくさんあるのならまだしも、結構いっぱいいっぱい。さらに、政府はそうした病院のベッド数を削減する方針なので、今後、事態が改善する見込みがないどころか、悪化する一方であろう。この辺のことは、■誰が高齢者を診るのかでも論じた。なぜ政府がベッド数を削減しようとしているかというと、医療費削減のため。やっぱり、根本はコストの問題にぶちあたる。「たらい回し」が起きる理由の一つは、お金をケチったからだ。日本は医療にお金をかけなさ過ぎなので、何かをあきらめなければならない。大雑把に言えば3択。医療費をつぎ込むか、「たらい回し」を許容するか、医療レベルを下げるかだ。患者の家族との「交渉」*1の話もしたいけど、今日はここまで。


*1:『「こんなに早く放り出すのか」「なぜ最後まで診てくれない」。病室に非難の声が飛ぶ』。こういう家族とお話してご納得していただくのも医師の仕事。入退院紹介で、「ご家族がタフネゴシエーターです」というプレゼンしてた先生もいた。