NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

医療業界が自由競争ではうまくいかない理由


「医療業界にはいろいろ規制があって非効率的だ。市場原理にまかせて競争にさらせば、より良い医療機関が残り、医療の質は向上する」


という意見を散見する。「混合診療全面解禁を!」「医師会が反対するのは既得権利を守るためだ」という主張とセットになっていることが多い。一般的には自由競争は市場を効率化するが、医療業界は自由競争ではあまりうまくいかない。なぜか。理由はいろいろあるが、その一つは情報の非対称性である。

通常、商品を買うときにはその商品の質を買い手は評価できる。1万円の洋服を買うのは、1万円の価値があると判断してから買えばよい。情報の非対称性の説明でよく持ち出される中古車市場においてすら、商品を買ったあとでスカと分かれば、次からその業者から買わない、その業者の評判を共有する、など、買い手が売り手に対抗する方法はある。

では医療においてはどうか?病室の清潔さ、食事の質、医師の態度、説明が十分かどうかなどは、買い手が評価しうる。しかし、肝心の医療行為の質そのものの評価は、以前■ヤブ医者マップは役に立たないで指摘したように、たいへんに困難である。5年生存率が90%の疾患の手術を受けた患者さんは、術直後はもちろん、5年後ですら受けた手術の質は評価できない。本当は10%に入るところを名医により生きながらえたのかもしれないし、60%しか助けられないヤブ医にあたったのかもしれない。

多くの患者さんを集めて評価するという方法もないではないが、これも問題点がある。いくら進行度その他で層別化しようとも、リスクの高い低いはあるわけで、リスクの高い患者さんにも積極的に手術をする医療機関の見かけの数字は悪くなる。参考程度にするならともかく、患者が数字だけで医療機関を評価しようとすると必ず選別が起こる。すなわち「成績が悪くなるからこの患者さんを手術するのはやめよう」。それでも医者かと批判するのは簡単だが、腕を磨き、困難な症例に立ち向かい、徹夜で術後管理を行った結果が、「ヤブ医者」という評価なら誰が好き好んで難手術に挑戦しようか。


■がん生存率、専門病院ごとに初公表 患者の要望に応え(朝日)という記事を見て、以前書いてお蔵入りしていた上記文章を完成させた。ちなみに、この記事で紹介された数字は、年齢、性別では補正しているものの、病気の進行度での補正はなされていない。患者が施設ごとの治療成績の開示を求めたとあるが、これを見てどのように役立てるのであろうか。記事中に正しく指摘されているように、数字をそのまま医療の質が高いととらえることはできない。