NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

開業医に時間外診療をさせたいならアクセス制限するしかない

政府としては医師は偏在はしているが余っていないらしい。現実を認識していないものだから、政策にも無理が出る。さすがに勤務医が疲弊していることには気付いたらしいが、今度は開業医に時間外診療を押し付けようとする魂胆であるようだ。ジャーナリズムは権力を監視、チェックするものだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。以下の社説を見よ。


■医療ビジョン―開業医は休日も夜も(朝日新聞社説)


 身近な開業医には夜間や休日でも診てもらいたい。大きな病院は入院と専門的な治療だけを扱い、軽い病気は開業医にまかせてはどうか。
 厚生労働省は今後の医療ビジョンとして、こんな考え方をまとめた。
 もともと、軽い病気の時は開業医、難しい治療や入院が必要な時は病院とすみ分けていた。
 ところが最近は、夜間や休日に往診する開業医が減った。逆に病院に患者が集まり、勤務医は疲れ切っている。
 厚労省が開業医と病院の役割を見直そうというのは、こうした現状を改めるためだ。限られた医師や医療機関を有効に使うためには、この改革は遅すぎたぐらいだ。日本医師会や地域の医療に責任を持つ都道府県も加わって、具体策をまとめてもらいたい。
 厚労省案の第一の柱は、住民とのかかわりが深い開業医にもっと働いてもらおうということだ。高齢化が進むなかで、地域の医療を充実させるには、開業医の活用が欠かせないからである。
 診療所で患者を診るだけでなく、往診に出かける。当番医のネットワークをつくり、夜間や休日も診察にあたる。時間外でも電話で相談に応じる。高齢者には24時間体制で対応する。そんな活動が新たな開業医の姿として描かれている。
 また、高齢者が地域で安心して暮らしていくためには、医療だけでなく、生活を支える介護サービスと組み合わせる必要がある。開業医はその全体のまとめ役となることも期待される。
 地域の医療が充実すれば、病院の勤務医は軽い病気の患者を診なくてもよくなり、本来の高度な医療に全力を注ぐことができる。これは病院の医師不足の解消にもつながる。


■社説:在宅医療 往診する開業医を増やそう(毎日新聞社説)


 来年度から医療構造が様変わりしそうだ。専門治療は大病院で行い、開業医(診療所)は「かかりつけ医」として24時間体制で患者を診る。厚生労働省がこの機能分担を進めようとしている。狙い通り実現すると、医療現場で起きている課題のいくつかは解決へ向かうかもしれない。
 大病院での「待ち時間数時間、診察数分」というばかげた事態はなくなる。勤務医や看護師は過重労働から解放され、医療ミスも減る。小児科や産科の医師不足も解消されそうだ。こんな良いことばかり思い描いてしまう。
 もちろん、厚労省の狙いは金のかかる入院を減らし、在宅医療を促して総医療費を抑制することにある。でも、駅前のビルに診療所を構え、9時〜5時の時間帯で外来患者しか診ない医師よりも、往診に出向き、みとりを含め患者や家族の相談にのってくれる「かかりつけ医」がたくさん増えるのは歓迎だ。高齢社会もそんな医師を求めている。
 厚労省は、この方向に誘導するための施策も用意している。24時間体制で往診に応じる開業医には診療報酬を手厚くし、外来だけに特化し往診に取り組まない医師の報酬は抑え込むことにしている。金だけでなく公的資格も与える。複数の疾患を持つ患者を一人で総合的に診察できる開業医を「総合医」として認定、技量、能力にお墨付きを与える。


厚生労働省の言うがままで批判精神のかけらもない記事だ。誰でもよいから現場の医師に、開業医に24時間診療を要求したらどうなるか聞いてみるぐらいの知恵はなかったのか。いや、最近は医療崩壊の記事を各新聞社が書いている。現場を取材した記者にチェックしてもらうこともできないのか。よしんばチェックしてもらってこの社説だったとするならば、医療崩壊の記事を書いた記者ですら何一つわかっていないことになる。

医療制度について何も知らないとしても、24時間縛られるストレスを想像することぐらいできるだろうに。「24時間体制で往診に応じる」開業医は、いったいいつ休むのだ?休日もない。旅行にも学会にも行けない。酒も飲めない。当番医のネットワーク?カルテはどうするのだ。普段は診てもいない患者まで夜間に診させられるのだろうか。勤務医も完全主治医制であれば24時間縛られるが、呼ばれるのは受け持ちの入院患者と(場合によっては)専門領域の急変が主である。それでもきついのではあるが、まだやりがいがあるだけましである。

外来も診る「宿直」を経験した同業者であれば誰もが同意するであろうが、本当に時間外の医療が必要であったケースは多くて数割である。夕方から急に高熱が出て心配になって受診したがただの風邪であった、などの専門家が診て結果的に救急の処置が必要ではなかったというケースならばかまわない。数日前からの微熱、薬がなくなったから処方してくれ、腹痛を伴わない便秘、不眠などなど。ウソでもいいから「こんな時間にすみません」と言っておけばいいものを、悪びれもせず「待たなくていいように今来た」と公言するものすらいる*1。普段の勤務に余裕があり、「宿直」が月に数回であれば我慢もできようが、これが毎日となると耐えられないだろう。昼間はずっと働いて、夕から夜にかけて数件の往診をこなし、やっと寝付いたところ夜中の2時に「患者様」からの、「眠れないんだけど睡眠薬を切らしたので処方してくれ」という電話で起こされる。翌日も普通に仕事がある。こうした生活が毎日続く。この生活を強制すれば診療所からも医師は逃げる。

往診についても、各マスコミは安易に考えている。往診はきわめて非効率的である。移動の時間が無駄だからだ。往診で1時間に2人診る間に、医療機関であれば10人診れる。さらに、往診では持って行ける薬や検査機器の種類は限られるが、医療機関であれば各種検査機器や薬も揃っている。限られた医師や医療機関を有効に使いたいのであれば、往診のような贅沢な医療は行なうべきではない。車の運転などの医療以外の仕事を医師にさせる余裕はないはずだ。根本的な解決策は、十分なコストをかけて、たとえば医師の数や医療秘書などのコメディカルを増やしたりするしかない。医療費抑制路線が変えられないのならば、医療の質を落とすかアクセス制限しかない。

かつて、往診制度がうまくいっていた理由は、医療水準が現在と比較して低かった(往診と医療機関で行なう医療の差が比較的小さかった)ことと、患者側がくだらない理由では医療を利用しなかったことである。2ちゃんねるからの引用。


771 :卵の名無しさん :2006/03/15(水)
田舎医者だったじいさんが言ってました。
「あの電話というものがいかん。昔は家族に病人がでたら、家のもんが呼びに来た。
夜中でもわしは往診した。電話ができて、たいしたことがなくても医者を呼びつけるようになったんじゃ。」

*1:でもって待たされると「待たなくていいようにわざわざ夜来たのに待たすとは何事か。患者の立場になってみろ。サービスがなっとらん」などと騒ぐ