osakaecoさんのブログ。「ホメオパシーは治療というよりカウンセリングである」といった鋭い指摘や、コメント欄にも注目すべき発言があるが、それはとりあえず置いといて、ミキプルーンに反応。
■ トンデモ嫁に関するフィールドワーク(痴呆(地方)でいいもん)
そのことと並行して、家内は妊娠し、出産しました。家内の妊娠をしり、ミキプルーンをやっている家内の友人がたずねてきました。義父の病気の関係もあり、家内は実家にかえることが多かったのですが、妊娠中からミキプルーンのひとが来て、家内にいろいろと忠告するようになりました。多分、これを読む人はどちらかといえばマルチ商法に反感をもっている人がいるかも知れませんが、プルーンを始め栄養補助食品を度を越えて食べるのを推奨する以外は、ミキプルーンの人は基本的には「おもいっきりテレビ」や「あるある」のような突飛なことは勧めなかったように思います。基本的には適度に運動し、栄養に気をつけましょうということでした。それと家内に接したミキプルーンの人はのちに出会ったアムウェイの人達のような守銭奴の雰囲気がぜんぜんありませんでした。本気でミキプルーンに出会ったことを感謝し、心から義父の健康と家内の無事な出産を願い、それをサポートしようとしているようでした。
そういう人もいるのだろう。というか、そういう人が大多数なのだろうと思われる(アムウェイだって、もしかしたら守銭奴ではない人が大多数かもしれないよ)。しかしながら医療の現場では、一部の人の突飛な行動が目立ってしまう。たとえば、私の経験した70歳代の脳梗塞の女性の話をしよう。個人が特定できないように作り話が入っているが、大筋としては事実である。臨床医であれば、誰もが似たような経験をしているであろう。
意識障害を主訴に救急車にて来院。心電図では心房細動あり。CT撮ったら既に完成した脳梗塞であった。心原性脳塞栓症である。長嶋茂雄・巨人元監督と同じ病気だ。簡単に言えば、心房が細かく震えるために血液が固まり、それが脳の血管に詰まって起こる病気だ。発症して6時間以内なら血栓溶解療法を行うが、この例では時間が経ちすぎていたため適応なし。入院して脳浮腫予防等を行った。また、結構な糖尿病もあり、こちらも合わせて治療した。聞けば、高血圧と糖尿病を健診で指摘され、治療を受けていたときもあったが、最近は治療していなかったとのこと。
通常、脳梗塞は、2-3日後より意識レベルは改善していくものだが、どこまで戻るかは分からない。最悪のケースも想定して患者さんの家族には説明を行った。ところが、ご家族はあまり深刻そうな様子はない。看護師も、「どこまで理解していらっしゃるのか」と言う。意識障害のあるとき、特に急性期は絶飲食である。なぜなら、誤嚥を起こして窒息したり、そうでなくても誤嚥性肺炎を起こしたりするからだ。その旨、説明もしていた。ところが家族は早く食べさせたくて仕方がないらしい。「もうよくなった。今日は目を開けて返事をした。本人がひもじいと言った」等々。意識レベルが改善し、そろそろ経口摂取を試してみましょうかという段階で、家族が、「実はもう食べさせている。大丈夫だ。家族が責任を持ってやった」と言った。
「うわなんだよこの家族はよ」という内心は表面に出さず、何を食べさせたのか聞いてみると、プルーンだという。「30年間使っていてとても健康によい。そのおかげで、今回もこれだけで済んだのだと思う」とのこと。「糖尿病・高血圧・心房細動をちゃんとコントロールをしていたらそもそも脳梗塞にならなかった」というツッコミは心の中にしまっておいた。そのほか、ビタミンEが入った塗り薬を塗っていた。活性酸素を中和するらしい。「インスリンも止めて欲しい。膵臓が壊れないか心配」と家族。ここまでくると、もう信仰であり、説得によって信念を訂正するのは困難だ。家族と議論して得する人はいない。婦長は「(再梗塞や誤嚥など起こす前に)早く転院させろ」と言う。というわけで、食べられるまで回復したので急性期病院である当院は退院。インスリンも中止ということになった。家族は、「びっくりされたでしょう」と私に聞く。指示を無視して食事をさせた家族の勝手な行動にびっくりしたのは確かなので、「びっくりした」と答えた。けれども家族は、「健康食品のおかげで予想より良くなり医者もびっくりした」と思っているのだ。そりゃ、厳し目の説明をしたけれども、通常の経過である。再発の予防には抗凝固療法が必須だが、転院先の病院でワーファリン(抗凝固剤)内服を拒否し再梗塞を起こしたと聞いた。
ご家族は、心から患者さんの健康を願い、それをサポートしようとしたのだろう。ただ、はっきり言えば、素人の無責任なサポートが人を殺すことだってある。むろん、医療には「科学的に正しい治療」だけでなくカウンセリングや癒しが必要であるし、患者の人格にも注意を向けろという意見はよく分かる。我々医療者も、患者さんの健康を願い、できる限りサポートしたいと願っている。しかしながら、「ミキプルーンのひと」と医療者の違いは、医療者は医学的に正しい説明を行う義務を負っているという点である。治らないときには「治りません」と言わなければならない(この辺のことは■インフォームド・コンセントのコスト3 医師の良心を補完するイタコ で論じた)。言い方や態度を気をつけろというのもわからないでもないが、患者さんやご家族の受け止め方も千差万別であり、誰もが満足できるような説明は不可能だ。たとえば手術のリスクの説明一つとっても、「しつこく合併症の説明をして患者の恐怖心を煽る。医師の責任逃れだ。ネガティブなことは一回聞けばそれで十分」から「手術でこんなに悪くなることがあるなんて聞いていなかった。こちらは素人なんだから、ちゃんと理解するまで何度でも説明すべきだ」まで、いろんな反応がある。
説明の仕方の他に、医学の限界そのものも、患者さんの満足度を落とす。脳卒中後の半身不随の人が胃癌になって胃切除を受ければ、術後の闘病生活は苦しいであろう。しかし、手術しないことにはいずれ胃癌が進行して亡くなるのである。痛みも苦しみもなく治すのは無理だ。こうした理由で、現代医学ですべての人を満足・納得させるのは不可能である。コストをかければ(たとえば医師数を増やして説明に費やす時間を増やす、など)、いくばくかは状況はマシになるだろうが、それでも医療不信はなくならないであろう。医学は万能ではないのでこれは仕方がない。こうした人たちの受け皿として、ホメオパシーを初めとした代替医療があるのはいい。問題は、これらの代替医療が科学的にも正しいのだという誤った主張である。ウソの宣伝をするなということだ。ホメオパシーは科学的に根拠がないから無くしてしまえ、と言っているわけではない。ホメオパシーは科学的根拠がないのだから、使うならそれを承知でね、と言っているのだ。