NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

医師三原則

医師にも明文化された守るべき指針があるべきだが、強いて言えばヒポクラテスの誓いがあるくらいである。しかし、ヒポクラテスの誓いは封建主義的*1なところがあって現代では違和感がある。大体、泌尿器科医の扱いがひどい*2。そこで、■技術者倫理とロボット三原則(セキュリティ&コンサドーレ札幌)と■常駐発言再考(新小児科医のつぶやき)にインスパイアされ、私が現代の医師が従うべき指針を考えてみたよ。


医師三原則

第一条 医師は患者に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、患者に危害を及ぼしてはならない。

第二条 医師は患者にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条 医師は、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

うわ、なんだかシャレになってねえ。第三条が第一条より下位にあるところがミソ。医師三原則に従えば、防衛医療なんてもってのほかってことになりますな。そりゃあ、積極的に患者さんに危害を加える気はないけれども、過労死したり訴えられたりする危険を省みずに診療せよと言われると、ロボット扱いじゃなくて人間扱いして欲しいと思う。尾鷲市の年収5500万円の産婦人科医の「雇用形態は常勤ではなく常駐となっていた」。一年間で休みは2日間だけで、あとは1日24時間病院から出ることはできない。市議会はこの勤務体系を異常と思わず、産科医が24時間拘束で働くことを当然としていること、つまり医師を高額リースの医療ロボットであるかのように考えていることをid:Yosyanさんは指摘した。


■常駐発言再考(新小児科医のつぶやき)


高額リースの医療ロボットであるなら、病院内に常駐は当然ですし、24時間365日拘束に疑問なんて抱きようはありません。年間2日の休日も、機器の定期点検日であると考えれば必要にして十分です。高額機器の独断契約で市長を攻撃するのもありでしょうし、契約更新にあたりリース代の割引き交渉が議題に載っても不思議ありません。例の委員のハイライト発言も「オレならもっと安い業者からリースで契約できるぞ」と理解すれば、ありふれた発言です。

2年前の話になるが、福島県の泉崎村立病院で新院長が、週5回の当直に「もう限界。勘弁してくれ」と辞めた事件があった。村民の反応は「あまりにも村民をばかにしている」「甘く考えていたのでは」というものであった。報道された範囲内で、「たいへんな勤務でした。お疲れ様でした」というものはなかった。50歳目前でずっと続く週5日間の当直は辛かろう。過労死するまで働けばよかったのだろうか。その他、医師が劣悪な労働条件に耐えかねて逃散した地域では、「患者を見捨てて去った医師はけしからん」といった発言が見られることもある。彼らにとっては、第三条よりも、第一条・第二条が優先するってことだね。

激務に耐え、訴訟リスクに耐え、働き続けることが、間接的に患者に危害を及ぼすことになるとも言える。徹夜明けでは判断が鈍り医療ミスを起こすかもしれない。労働条件を改善しなければ、後進が育たず、将来により多くの患者が危険にさらされる。かといって夜の診療を断ればそのために死ぬ急患がいるかもしれない。マンパワーもないのに労働条件を改善すれば、診てもらえない患者が出てくる。どのような行動をとっても第一条に違反してしまう状況になるのだ。ロボット三原則の元ネタの「われはロボット」でも、どのような行動をとっても第一条に違反してしまう状況に陥ったロボットが書かれた。小説では、ジレンマに陥ったロボットは「気が狂った」。

*1:「患者に危害を加えるな」より先に「師匠を大事にしよう」という話がある

*2:結石を取り出すのは医師の仕事じゃないんだってさ