NATROMのブログ

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先天的と遺伝的

■ダウン症候群(championの雑感)


以上の説明からわかるのは、ダウン症候群が、先天的な病気というよりも、環境によって起こる病気だということである。なぜなら、女性が子供を産む年齢によって発症率が変わるからである。
正確には、ダウン症候群*1は環境によって起こる先天的な病気である、とすべき*2。先天的なのに、環境によって起こるだって?そう、先天的という言葉は、しばしば遺伝的と同じ意味で誤用されるけれども、違う意味の言葉なのだ。

先天性風疹症候群という病気がある。妊娠中に母体が風疹ウイルスに感染すると、胎盤を通って胎児に感染し、先天的な異常が生じる。先天性風疹症候群が環境によって起こる病気であり、かつ、先天的な病気であることに異を唱える人はそういないと思う。

逆に、遺伝的な疾患でありながら、先天的な病気でないものもある。ハンチントン舞踏病は、常染色体優性遺伝する疾患である。浸透率(penetrance)はほぼ100%*3、つまり、疾患感受性遺伝子を持っている人が発病する確率はほぼ100%である。環境によって起こる病気だとは言えない。しかしながら、発症するのは通常中年以降、つまり、先天的な疾患ではない。

ここからは下衆の勘繰り。上記引用したブログを書いた人は、進化心理学が「道徳を破壊する、危険な学問」だと考え、そればかりか、ダーウィニズムでいう自然選択の証拠は、いまだかつて存在しないと言い(参考文献がマイケル・デントン著「反進化論」というトンデモ本)、遺伝子至上主義(遺伝子で人間の性格や知能が生まれつき決定しているという立場)を唱える論者がどこかにいると考えている。

もちろん、まともな進化生物学者で遺伝子至上主義者などどこにもいないのだけれども、なにかの具合でオーソドックスな進化理論を遺伝子至上主義であると勘違いしちゃったのであろう。遺伝子至上主義は間違っているばかりか有害である。ゆえに、オーソドックスな進化理論をも間違っているばかりか有害であると勘違いしているのである。遺伝子が決定的な役割を果たしていない事例が、ダーウィン進化論に対する反論になりうると思っているものだから、「ダウン症候群が、先天的な病気というよりも、環境によって起こる病気だ」とわざわざブログに書くのであろう。まあ確かに、ダーウィン進化論や進化心理学は、使いどころを間違えたり、誤解されたりすると、危険なものである。しかし、「誤解されると危険である」と叫んでいる人自身が、しばしば誤解している張本人であることは、いったいどういうわけであろうなあ。

*1:遺伝するダウン症候群(転座型)もあるけれども、ここでは例外としておこう。

*2:もしかしたらダウン症の発症には遺伝的な要因もあるかもしれない。母親の年齢などの環境条件が同一であったとして、ある対立遺伝子Aを持つ母親は、別の対立遺伝子Bを持つ母親よりも、ダウン症児を産む確率が高い、ということはありうる。ダウン症候群のような環境要因が強く影響する疾患において、そのような遺伝子が同定される見込みはほとんどないだろう。でも、ある病気が完全に100%環境要因によって起こるなどとは思い込まないほうがよい。

*3:浸透率がほぼ100%というのは、「現在のところは」という注意書きが必要であろう。浸透率も実のところ環境の影響を受ける。将来、ハンチントン舞踏病を予防する治療法が開発されれば、その治療を受けることのできる環境下においては、浸透率は低くなる。実際、フェニルケトン尿症の浸透率は、治療を受けることのできる先進国とそうでない国とで大きく異なる。メンデル遺伝する遺伝病ですら、別に100%遺伝子が決定しているわけではない。