NATROMのブログ

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子の知能は両親の知能に近い

■子供の知能は夫婦の平均に近いか(championの雑感)


中込弥男の『こんなことまでゲノムで決まる』によると、人間の知能と性格は遺伝子によって決まっている。中込の説明によると、以下の結論が得られる。

  • 人間の知能の大枠は、親(夫婦)の平均に近い。
  • 人間の性格の3分の2は、遺伝子によって決まっている。

この見解は本当に正しいのだろうか。私は、以下のように思った。

まず、知能が両親の平均に近いなら、例えば、「IQが130とIQが120の夫婦」の子供については、IQが130以上になることはない。それなら、人間のIQは、だんだん下がっていくことにならないだろうか。仮に、夫婦のIQがともに140であったとしても、子供のIQは140に近くなってしまい、150にはならないだろう。

次に、性格の3分の2が遺伝で決まっているとしたら、異常な性格の人の子供は、異常である可能性が高い。それが事実であるなら、将来的に、断種の起こるおそれがある。

子の知能*1は両親の平均に近いという見解は、完全に正しい。このことは、知能に遺伝的要因が一切関与していないと信じる極端な環境決定論者ですら、同意しうるであろう。仮に知能が環境によって100%決まるとしても、子が育つ環境は親が育った環境に近いと推測する合理的な理由がある。学歴を重視し教育にコストをかける環境で育った親は、子にも同様の環境を提供する傾向があることに同意できれば、子の知能は両親の平均に近くなることも同意するだろう。実際に測定してみれば、子の知能は両親の平均に近いのだ。これだけでは、環境要因によるものか、遺伝要因によるものか、判断するのは不可能である。知能に遺伝子が影響していることは、子と親の知能が近いことではなく、双生児研究や養子研究によって証明されている。ちなみに、「人間の知能は遺伝子によって決まっている」という主張は間違いである。環境の影響を受けることも明らかだからだ。知能は、他のほとんどの形質と同じく、遺伝子と環境の両者の相互作用によってつくられる。

おそらくは、中込は「人間の知能は遺伝子によって決まっている」とまでは言っていないのではなかろうか。「人間の知能の大枠は、親(夫婦)の平均に近い」というのは、遺伝子決定論者らしからぬ表現である。人間の知能が遺伝と環境の両者によって決まるとすれば、子の知能は、親(夫婦)の平均に近いところ*2にピークをおいて(おそらくは)正規分布するであろう。「IQが130とIQが120の夫婦」の子についても、可能性は小さくなるが、IQが130以上になることもありうる(120以下になることだってある)。集団全体をみれば、世代ごとにIQがだんだん下がっていったり、IQのばらつきが小さくなっていったりすることはない。

知能で考えると同意しにくい人もいるかもしれない。たとえば、知能と同様に遺伝と環境が影響する量的な形質として、身長ならばどうか。身長に遺伝的な要因が関与し、子の身長が両親の平均に近いことに反対する人はそうはいないだろう。「例えば、身長が180cmと160cmの夫婦の子供については、身長が180cm以上になることはない。それなら、人間の身長は、だんだん下がっていくことにならないだろうか」と言い換えてみたら、どこかがおかしいのに気付くだろう。高い身長の夫婦からは高い身長の子が生まれる傾向にあることに反対する人はそうはいないのに、これが知能であった場合、強固な反対にあうことが多い。

性格が遺伝の影響を受けることも、もはや事実であると言っていい。事実に対して反対するよりかは、より正しい理解を求めるほうが良いのではないか。「断種の起こるおそれがある」からといって事実から目をそらすより、遺伝子は影響はしても決定はしないことを理解してもらったほうが良いと思う。

*1:ここでいう知能とはIQとかg factorとかの知能テスト等で測られた「知能」のことを指す。知能テストが本当に知能を反映しているのかという疑問は妥当である。しかし、ここでの議論は、知能テストで得られた得点は知能の一側面を表していることに同意できさえすれば成り立つ。知能のすべてを一つの数字で測ることなんてできっこないけれど、知能のある一側面を数字にすることすらまったくの不可能というわけではない。このことに同意できないとしたら、上記の文章の知能を適宜「知能テストのスコア」に読み換えていただきたい。

*2:平均への回帰があるから、子の知能は親(夫婦)の知能より、集団全体の平均に近くなる。