NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

人種特定的生物兵器は不可能だ

モンティ・ホール問題の答えを書こうと思っていたけれども、今日は■日本軍事情報センターのRe:メールにお返事というページからリンクされた件ついて少し補足を。「SARSウイルスはイネを主食とする民族によく作用するように作られた生物兵器だ!」というトンデモ説についての文章が、かのページで紹介された。かのページでは直リンクされていなかったので、まず、直接のリンクを張っておく。

■SARS生物兵器説
URL:http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20050104#p1


この話は、日本軍事情報センターに「特定の人種だけを攻撃できる新兵器をご存じですか。(2月7日)」というメールが来たのがはじまり。


 さて質問なのですけど、アメリカ政府が「エスノ・スペシフィック・バイオ・ウェポン(人種特定的生物兵器)」という新兵器の開発をしているという情報を知りました。(出典は2004年に筑摩書房から出版された「不安の正体!」という本で、学識者の対談本です。本が現在手元にないので100%の自信はないのですが、都立大学助教授の宮台真司氏の発言だったと思います)要は戦場に毒ガスとか細菌とかをばら撒いて、現地の兵士はバタバタ死ぬが白人米兵には無害というような兵器です。
 あくまでも感情論ですけど、もし実現化したら・・・と考えると物凄く背筋が寒くなりました。例えば人種差別主義団体とかにそれらの兵器が渡ったりしたら・・・なんて考えてしまいました。私の知り合いに大の韓国・朝鮮・中国嫌悪の分かりやすいタイプの差別主義者が居て、この話をしたら、「素晴らしいニュースだ。是非ともチ○ンやチ○○ロは即死だが日本人には無害な毒ガスを日本政府は全力で開発すべきだ」と予想通りの返事が来ました。
で、神浦さんに質問です。
1.そもそもこんな兵器開発の話は本当でしょうか? 
2.技術的には実現可能でしょうか?
3.開発が実現し、配備されたとします。果たして、実際に使用することは可能でしょうか?
4.開発が実現したら、世界の軍事にどのような影響を与えるでしょうか? 特に日本にはどのような影響が考えられるでしょうか?
で、このサイトの所長であるところの神浦さんは「人種選別殺戮兵器は聞いたことがありません。またそのようなものに大金をかける国はないと思います」というお返事。この返事は正しいと思う。それに関連して、「軍事問題と「と学会」風との関連について。(2月12日)」というメールが来た。

 いろいろな方からメールが来るようですが、あからさまにトンデモっぽいものは、と学会風の回答をするのがよいと思います。具体的には「科学的な解説」 をして「笑いとばす」ことです。どこかのサイトに「と学会の一番大きな功績は疑似科学を批判するだけでなく、笑いという付加価値を加えたことだ」みたい な内容の文章を書いている方がいましたが、私もその通りだと思います。「科学的な解説」をするだけでは文章が硬くなりますし、「笑う」だけでは回答には なりません(当たり前のことを書いてすみません)。
 2月7日の人種特定的生物兵器ですが、このサイトに似たような話が載っています。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/
(トンデモのカテゴリ内 2005-01-04)
 2月10日のメールの方が書いていらっしゃるように、ウイルスや細菌に中国人や韓国人と日本人の区別をつけさせるなんて不可能に近いと思います。仮に作れたとしても、病原体が変異する可能性もあります(日本人にも感染するようになるとか)。また、そのような兵器を持つメリットもありません。日本には第 二次大戦よりずっと前に大陸から来た人もいます。その人たちは、在日ではなく完全に日本人として生活しているはずです。ということは、人種特定的生物兵器を使用した場合、日本だけが無傷ということは考えられません。それだけではなく国際社会からの反発を買い、孤立という問題も引き起こします。
なによりも日本国はそのような兵器を開発するような危険な国ではない。
 いずれにしても人種特定的生物兵器は北朝鮮の核兵器製造宣言と同じような非常に胡散臭い話だと思います。私が心配なのは知り合いのかたの方です。
という文脈で私のブログが紹介されたというわけ。こちらの方々が正しく推察されているように、人種特定的生物兵器はトンデモ話だ。北朝鮮の核兵器製造宣言どころではない。核兵器の開発というのは別に科学的に不可能なわけではない。しかし、人種特定的生物兵器は不可能だ。遺伝学的には、人種という概念は意味はなさない。むろん、(たとえば)肌の色というラベルで人類を分類したとき、それぞれのグループで特定の遺伝子について統計的に遺伝子頻度の差がある場合もある。しかし、黒人だけが持っていて白人は持っていないという類の遺伝子は存在しない。ましてや、中国人・韓国人・日本人の遺伝学的な違いは微々たるものだ。一般的に、遺伝子の違いは、集団間の差よりも個人差のほうがずっと大きい。日本人のAさんとアフリカ系アメリカ人のBさんの遺伝子は確かに差があるだろう。しかし、Aさんと親戚関係にない日本人のCさんとだってずいぶんと差があるのだ。AさんとBさんの差は、AさんとCさんの差よりもすごく大きいというわけではない。遺伝子座によっては、AさんとBさんが共通し、AさんとCさんが異なるものもいくらでもあるだろう。

私の見るところでは、人種特定的生物兵器のトンデモ度は、北朝鮮の核兵器製造宣言よりもずっと高い。それどころか、ネス湖のネッシーや、ESPや、UFOが宇宙人の乗り物であるという説よりも、ずっとありそうもない部類に入る。ネッシーや超能力は、これまで存在するというという明確な証拠が見つかっていないというだけで、よく探せば見つかるかもしれないという可能性を否定できないのに対し、ヒトのゲノムに関してはすでに多くの研究機関によって調べられている。