NATROMのブログ

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箸の誤り

最近、血液型と性格に関するテレビ番組が多く、「放送倫理・番組向上機構(BPO)」が「血液型によって人間の性格が規定されるという見方を助長しないよう」、放送各局へ要望したのだそうだ。周期的にこういうのが流行るらしい。血液型性格診断は、容易に差別の問題と結びつくわけだが、差別問題については長谷川芳典先生の血液型性格判断資料集を参照されたし。血液型ごとに性格に「実用的価値があるほどの顕著な差」が仮にあったとしても、それを利用することの妥当性は問われるべき。それはそれとして、ここでは差が本当にあるのかどうかを判定する際に、陥りやすい誤りの一つを紹介しよう。

「嘘と真っ赤な嘘と統計」という言葉にあるように、嘘に統計はよく利用される。そのせいか、「あんなのはただの占い(統計学)ですから」のような言い方がされることもある。しかし、統計学と占いは明確に異なる。ちまたで信じられている血液型性格診断は、占いの類であっても統計学ではない。外見上のもっともらしさのために統計が利用されているだけだ。「統計学的見地に立った企画」と回答したテレビ局もあったが、「嘘と真っ赤な嘘」のお友達のほうの統計だろう。

きちんとした統計学なら、バイアス(偏り)や陥りやすい誤りに注意を払う。誤りの例としては、たとえば多重検定の問題がある。また、遺伝統計学における陥りやすい誤りであまり知られていないものとして、「集団の構造化(階層化):Population stratification」による偽陽性がある。具体的なたとえ話*1がわかりやすいだろう。


サンフランシスコの住民には箸を使う人と使わない人がいる。この違いは何に由来するのか?10000人を対象に血液型を調査したら有意差が出た。箸を使う人には明らかにB型が多かったのだ。すべてが血液型によって決定されると断定できるものではないが、ABO式血液型が箸の使用に対してある一定の影響を与えると統計学的に証明された。
この結論は間違っている。統計学的有意差は、ABO式血液型が箸を使用する能力に与える影響を証明したものではない。単に、白人集団と比較してアジア人の集団にB型が多かったことを反映している。実際には血液型は箸の使用に何の影響も与えていない。この誤りは、対照群(コントロール群)が適切でなかったことに由来する。遺伝的背景ができるだけ均一の集団内(たとえば、中国系集団の中で箸を使う人と使わない人を比較する、など)で対照群をとるべきだったのだ。集団が遺伝的に均一ではないことを、「集団の構造化」といい、遺伝子頻度の差を見る相関解析のときには集団の構造化による偽陽性が問題になる。

日本人集団は比較的遺伝的に均一である。それでも、nが大きくなれば集団の構造化による偽陽性が生じる危険がある。日本では南のほうがA型が多いのだそうだが、ウインタースポーツの愛好者を数多く調査すれば、全国平均と比較してA型が少ないという結果がでるかもしれない。集団の構造化による偽陽性の問題は、調査対象を増やしても解決しない。試行を繰り返して再現性を確かめることでも解決しない。適切な対照群をとることによってのみ解決する*2。集団の構造化の問題をクリアしていない相関研究は信頼されない。そして、血液型と性格の研究で、集団の構造化の問題をクリアしているものは、少なくとも私の知る限り、ない。テレビ局がやるようなクズ研究*3をいくら積み重ねてもクズにしかならない。

血液型と性格の関係に肯定的なサイト「ABO FAN」で、Living with Our Genesという本の中の集団の構造化の問題に関する部分が引用されている(面白いよ)。箸を扱う能力は"SUSHI (successful use of selected hand instruments) gene"に由来するものではなく文化的なものだ。ABO FANは「日本の血液型フィーバーについてからかっている(?)文章」と言っているが、まったく理解できていない。トンデモさんはどのような主張でも自分に有利なものだと勘違いする能力を持っている。正しい判断力を持っている人なら、引用部分は血液型と性格の関係を示しているように見える他の研究も同じ誤りに陥っている可能性を示唆することを理解できるだろう。


参考文献:
ヒトの分子遺伝学第二版(メディカル・サイエンス・インターナショナル、Tom Strachan and Andre P.Read著) P314
ポストゲノム時代の遺伝統計学(羊土社、鎌谷直之編 ) P239


*1:もともとはHLA-A1アリルが箸を使って食べる能力と相関するという話だった。HLA-A1は白人集団よりも中国人集団に多い。

*2:たとえば、家族内に対照群(内部対照)をとる。

*3:念のため。テレビ局の実験が「箸の誤り」に陥っているから信頼できないって言っているのではない。統計学的に何か主張しようとするならば、「箸の誤り」をはじめとした陥りやすい誤りを理解し、クリアしなければならない。そうした努力をしてないから「クズ」なのだ。