NATROMのブログ

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「マイナスイオン」は体によいか

機会があって、「静電気の話」(A.D.ムーア著、高野文彦訳、河出書房新社)という本を読んでいる。これがきわめて面白い。著者のムーアは人工静電気の研究者で、ミシガン大学の教授であった。研究者であると同時に、実験家であり、教育家でもあった。この本は科学と静電気学に対する愛であふれている。たとえるなら、マイケル・ファラデーの「ろうそくの科学」のような本だ。

その中で、ほんのちょっとだけ触れられているだけではあるが、近年の日本における、ある疑似科学的な話題に関連する部分があり、興味深いので引用してみよう。


負のイオンは体によいか

われわれが呼吸し、生きている空気中には、いろいろなイオンがあって、その量やプラス、マイナスの割合は時間と場所で変化している。このことは屋外の話で、屋内では煙草の煙とか、いろいろな帯電した面にくっつくため、イオンの量はかなり減少していることがよくある。このイオンの量が人間の肉体に影響を及ぼしている可能性があることは、どんな医者でも認めるであろう。さらに、日常生活でイオンの量を調節して人間によい効果を与える可能性があること、またある種のイオンを混ぜた空気を吸入することによって、患者の治療、たとえば傷の手当てなどの役に立つ可能性も、多くの人が認めている。
このような議論は過去半世紀以上にわたって行われてきており、最近ではかなり研究も進んできている。この本を書いている段階では、一方では適当な量の負のイオンがあることは体によいと主張しているのに対し、そういうことは証明されていないと主張する人もいる。したがってこの白熱した論争に加わって、それの解決に何らかの方法で役に立ちたいと思う人にとっては、一つのチャンスがあることになる。これからこの問題にとりくむのは遅すぎると心配するかもしれないが、この問題の研究には非常に長い時間がかかると思われるので、その心配は不要である。できるだけ多くのことを学び、白紙の状態でこの問題にとりくむ準備をし、いろいろな事実を確立してゆくようにすることである。(P220)

強調は、引用元のままである。原著がどのような表現だったのかは分からないが、おそらく「負のイオン」とは"negative ion"であったろうと思われる。もちろん、「近年の日本における、疑似科学的な話題」とは、マイナスイオンのことだ。「静電気の話」の原著”Electrostatics”は1968年、訳本は1977年の出版である。30年前と現在の状況はあまり変わっていない。「一方では適当な量のマイナスイオンがあることは体によいと主張しているのに対し、そういうことは証明されていないと主張する人もいる」。いやむしろ、30年前には、効果が明確でないのに商品を売ったり宣伝したりする人がいなかっただけ、ましだった。

マイナスイオンに関しては、高校の先生のために書いたマイナスイオンが参考になる。マイナスイオンは科学的な解明はなされておらず、要するに、いまだ未科学の状態なのだ。もう一度、ムーアの引用を読んで欲しい。ムーアの提言は、30年経てもなお、有効である。