NATROMのブログ

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鈴木眞一医師が「過剰診断はない」と言ったとき「病理学的な誤診はない」という意味であるとするのが妥当

KDN氏が私のツイートを「引用」して何かを主張しているが、私のツイートはKDN氏の主張を肯定するものではないばかりか、積極的に否定するものであることを明言しておく。

議論の流れとしては、福島県医大の鈴木眞一氏が「福島での手術例に関して,過剰診断を裏付けるような術後病理結果は出ていない」などと述べたとき、その過剰診断が、がん検診の文脈で広く使用されている疫学的な意味での過剰診断なのか、それとも誤って重篤な疾患と診断する病理学的な誤診を意味するのかが論点である。

「過剰診断を裏付けるような術後病理結果は出ていない」という点から、このセンテンスにおいては鈴木眞一氏は「過剰診断」を病理学的な誤診のことを指していることは明らかなように思われる*1。よしんば鈴木眞一氏が疫学的な意味で「過剰診断」という用語を使っているとしたら、いったいどうやって術後病理結果で過剰診断がないと判断できたのか、まったく説明がなされていない。つまり、いずれにせよ鈴木眞一氏の主張は疫学的な過剰診断は起こっていないという主張の根拠にはならない

量(程度)を評価する能力に欠け、ゆえに私のツイートを理解できない人から『「病理像と転移の有無から過剰診断である蓋然性が高いか低いかは」判断可能と名取宏は言ったではないか』という反論が予想できる(以下「過剰診断」は広く使用されている疫学的な意味で用いる)。

たとえば、肺をはじめとした多臓器転移があれば、過剰診断である蓋然性が低いと判断できる*2。また、臨床的にリンパ節転移のない径0.5cmの甲状腺がんは過剰診断である蓋然性が高いと判断できる。こうしたことを私は否定していない。

では、リンパ節転移を伴わない径1.1cmの甲状腺がんは?リンパ節転移を伴う径0.5cmの甲状腺がんは?過剰診断かどうかはわからない。蓋然性で言えば、「肺をはじめとした多臓器転移を伴う径4cmの甲状腺がん」よりは低く、「リンパ節転移のない径0.5cmの甲状腺がん」よりは蓋然性は高いとは言える。また、おそらくは過剰診断である蓋然性はかなり高いと言える。なぜなら、手術介入されない、多くあるいはほとんど過剰診断である境界領域にあるからだ。径1cmの甲状腺がんが過剰診断である蓋然性がかなり高いなら、径1.1cmの甲状腺がんが過剰診断である蓋然性もかなり高いと言える。おそるべきことにこの論理を理解できないごく少数の人たちがいるのである*3

過剰診断であるかどうかの蓋然性はグラデーションである。現状のガイドラインでは、ほぼ確実に過剰診断であると確信のもてる病変以外の病変は治療介入されてしまう。よって、ガイドラインに従う以上、治療介入された甲状腺がんには一定の割合で過剰診断が含まれてしまう。子宮頸がんや前立腺がんなど積極的監視(AS)される他の疾患でもそうである。確実に過剰診断を避け、かつ、過剰診断ではない病変だけ治療介入できる魔法のような診断基準は存在しない。積極的監視されるような疾患においては過剰診断症例が多く含まれることを承知の上で治療介入せざるを得ない。

「過剰診断を裏付けるような術後病理結果は出ていない」という鈴木眞一氏の主張が、疫学的な意味での過剰診断がないという意味であれば、治療介入された全例が多臓器転移や巨大な原発巣を持っているか、あるいは、「現状のガイドラインでギリギリ治療介入を要する小児甲状腺がんの多くを未治療で経過観察したところ、その多くが症状を呈した」といったどこにも発表されていない未治療小児甲状腺がんの膨大なデータを持っているかである。

しかし、どちらでもないことは明らかだ。また、鈴木眞一氏は術前にT1aN0M0と診断され(cT1aN0M0)、「非手術勧めるも手術を希望された」症例11例のうち9例は、術後にリンパ節転移があったからと「過剰診断を裏付けるような術後病理結果は出ていない」と結論している*4。現状のガイドラインで非手術を勧められる小児cT1aN0M0の多く(8割以上?)が過剰診断ではないとするならば、これはきわめて重要な知見であるので鈴木氏は国際的な学術誌で発表するべきである。

以上のように、鈴木眞一氏が疫学的な過剰診断がないと述べているとすると、「治療介入されるかどうかの境界領域病変を過剰診断ではないとなぜ言えるのか。どのようなデータが根拠なのか」「小児のcT1aN0M0の多くが過剰診断ではないとなぜ言えるのか。言えるとしてそのデータを世界的に発表しないのはなぜなのか」という疑問が残る。

この疑問には単純な解決法がある。鈴木眞一氏は、病理学的な誤診がないという意味で「過剰診断を裏付けるような術後病理結果は出ていない」と主張しただけだ。違うというのであれば、KDN氏には上記した疑問についてお答え願いたい。ただ、答えはないであろう。答えるどころか、上記した疑問について理解する能力すらKDN氏にはない。その能力がKDN氏にあれば、そもそも最初から『「執刀医でもある鈴木眞一医師の報告」(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaesjsts/35/2/35_70/_pdf/-char/ja)での「過剰診断」は明らかに、疫学的な意味のほう』だなどという誤解をしないからである。

KDN氏については、せめてご自分の理解力がきわめて足りないことを自覚し、できれば私の言葉を引用しないようにしていただきたい。きわめて迷惑である。ただ、引用を禁止することはできないので、やむを得ず、こうして第三者に注意を促す長文を書いた次第である。

■KDN氏の主張はまったく意味不明で議論するに値しないも参照のこと。

*1:他のセンテンスでは鈴木眞一氏は「過剰診断」を疫学的な意味で使っている。つまり、定義を明確にせず、混乱に陥ってる。鈴木氏の主張を元に過剰診断はないと主張する論者の多くも混乱に陥っている

*2:本当にそうなのか?という点は興味深いが今回は割愛する

*3:「小児に限れば1cmの甲状腺がんも過剰診断である蓋然性は低い」といった付け焼刃の反論があるかもしれないが、そう言えるだけの根拠や現状での治療方針との矛盾について何も説明できないであろう

*4:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaesjsts/35/2/35_70/_pdf