NATROMのブログ

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なとろむからのメール 2018/5/3, Thu 23:59


林衛さんへ。

このメールでは成人の甲状腺がんの話に限ります。ここが理解できないと先に進めません。




>「過剰診断は避けられない」の意味は,過剰診断は(大幅に)減らすことはできるが,ゼロにはできないということでしょうか。であれば,わかります。

違います。甲状腺がん検診においては過剰診断を大幅に減らすことはできません。2017年9月にもお伝えしました( https://twitter.com/NATROM/status/907384793326796800 )。



>「避けられない」の意味をはっきりさせていただけないでしょうか。

現在のガイドラインによる治療介入閾値と、超音波検査による甲状腺がん検診の組み合わせでは、多くの治療介入されてしまう過剰診断が出るという意味です。甲状腺がんはそういうものです。



>生涯症状がでない病気を診断するのが過剰診断ですよね。低危険度の微小がんをたくさん診断し手術したのが韓国の例であり,そのようながんは診断せず,高危険度がん,つまり,深刻な症状を呈するので治療が必要だと考えられるものに絞って細胞診や手術をするようにしているのですから,過剰診断は減っているのではないでしょうか。

(たとえば)95%であるところが90%にぐらいになら、減っています(厳密には過剰診断ではなく過剰治療が、ですが)。また、「高危険度がん,つまり,深刻な症状を呈するので」という部分は誤りです。この「高危険度がん」とは遺伝研の川上さんのいう「悪性度の低いがん」ですよ。「低危険度の微小がん」と比べて相対的に高危険度であるだけです。「深刻な症状を呈するので治療が必要だと考えられるものに絞って細胞診や手術をする」ことが可能なら、いったいなぜ、成人の甲状腺がん検診が推奨されていないのですか?



>その結果,患者にとっての不利益が減り,病気の治癒,QOL維持が実現しているのだというのが,甲状腺専門の外科医の清水一雄医師の見解ですよね。だから,過剰診断論者のいう「不利益という意味がわからない」と清水医師が述べているわけです。

これも何度が指摘しましたが、「低危険度の微小がん」の多くが経過観察しても治療介入を要さないものであるという事実が、「高危険度がん」も大半は(結果的には)治療介入を要さないものであったのであろう、ということを示しています。疾患のリスクは連続的なものです。径1 cm未満なら概ね治療の必要がないのに、径1 cmを超えたらただちに「深刻な症状を呈する」ようになるわけではありません。そもそも径1 cmというのは恣意的な基準ですよ。

たとえば、検診で発見された甲状腺がんのうち、

●「低危険度の微小がん」の99%が過剰診断

だとしましょう(たぶんだいたいそんくらい)。そのとき

●「高危険度がん」の1%が過剰診断

なんてことにはなるわけないですよね。成人の甲状腺がんだと、まあ概ね

●「高危険度がん」の90%が過剰診断

といったところです。「低危険度の微小がん」と「高危険度がん」は連続しています。90%が過剰診断だとして残りの10%の「狭義のスクリーニング効果」の分も、多くは(もしかするとほとんどすべて)症状が出てから治療介入しても予後が変わらないものではあるけれども、少数であっても手遅れになるのはまずいので、「やむを得ず」治療介入するんです。昔はそうした理由で「低危険度の微小がん」も治療介入されていました。もしかしたら将来は、現在「高危険度がん」だとされているものも経過観察が推奨されるようになるかもしれません。

さて、話を進めるには林衛さんがどこまで同意できるのかを知らなければなりません。

Q-2 韓国において治療介入された甲状腺がんには、確かに「低危険度の微小がん」も含まれていたけれども、同時に径1 cm以上やリンパ節転移ありや甲状腺被膜外浸潤ありといった「高危険度がん」も数十%含まれていたことに同意できますか?
Q-3 成人においては甲状腺がん検診が推奨されていないことに同意できますか?
Q-4 もし仮に、「深刻な症状を呈するので治療が必要だと考えられるものに絞って細胞診や手術をする」ことが可能だとして、成人においては甲状腺がん検診が推奨されていない理由は何だと考えますか?

なとろむ。

要約:成人の甲状腺がんの知見からは、現在のガイドラインに基づいて抑制的な介入を行ってもなお多くの過剰診断および過剰治療が生じることがわかっている。ガイドラインに基づいたら過剰診断を避けられるというのは誤解である。