NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

なとろむからのメール 2018/5/3, Thu 21:41


林衛さんへ。

・「福島医大チームが過剰診断ではないとしている150を越える手術例にたいして,@NATROM さんは「過剰診断だ」とお考えですか?

多くは過剰診断であると考えています。以前のメールで既にお答えしています。該当部分を再掲いたします。

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>その1:鈴木眞一医師らは過剰診断はないとしているが,実際には200に近い手術例のうち90%が過剰診断だとなとろむさんはお考えなのですね。

90%は成人において検診で発見された甲状腺がんの中の過剰診断の割合の推定値です。福島県の場合は、90%が過剰診断でもおかしくはないとは思いますが、実際にはもうちょい少ないでしょう。

がんが検査で発見可能になってから臨床症状が生じるまでの期間をDPCP(早期発見可能前臨床期:Detectable Pre-Clinical Phase)と言います。DPCPがどれくらいの期間かは正確なところはわかりません。もしかしたら小児甲状腺がんのDPCPはすごく長い(長い場合は数十年間とか)もありえます。芽細胞発癌説を主張する高野徹氏なんかはそう主張していますね。

DPCPが長ければ、過剰診断の割合は下がります。過剰診断ではなく、将来症状が生じるがんを前倒しして発見していることになりますから。小児甲状腺がんのDPCPがどれくらいかはわかっていません。よって、過剰診断の割合もわかりません。不明確な点が多いのに福島県の過剰診断の割合がどれぐらいか、などと議論する意義をあまり感じません。
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>つまり,手術症例200近くのほとんどが過剰診断だとはいえない,という点は,共有できると考えてよいでしょうか。

共有できません。DPCPが(津田先生が仮定したように)数年間ぐらいであれば、手術症例200近くのほとんど(95%前後)が過剰診断であるということもありえます。個人的には、DPCPはもっと長く、よって過剰診断の割合は95%よりは少なく、そのぶん狭義のスクリーニング効果の割合が多いのではないかと考えます。
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訂正および補足があります。まずは訂正です。「90%は成人において検診で発見された甲状腺がんの中の過剰診断の割合の推定値」と書きましたが誤りでした。90%は検診外で自覚症状を呈して発見された甲状腺がんも含めた数字です。検診で発見された甲状腺がんの中の過剰診断の割合は90%より高いと思われます。

補足です。ここでいう「過剰診断」はWelch and Black(Overdiagnosis in cancer., J Natl Cancer Inst. 2010 May 5;102(9):605-13)の定義です。つまり、「治療しなくても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない病気を診断すること」です。「狭義のスクリーニング効果」は「現時点では症状を呈さないが、将来において症状を呈し診断されるようになる病気を診断すること」です。こちらは一般的な定義ではなく、便宜的なものです。以下で論じております。症状がなく検診で発見されたがんは、過剰診断か狭義のスクリーニング効果のどちらかで、それ以外のものはありません。

スクリーニング効果の定義
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20151120#p1

ここまでの主張は、被ばくによる甲状腺がんの増加の有無の話とは独立しています。また、甲状腺がん検診の有効性とも独立しています。発見された甲状腺がんの治療介入の妥当性とも独立しています。


私からも林衛さんに質問があります。

Q-1. 150を越える手術例について「福島医大チームが過剰診断ではないとしている」と書いてありますが事実でしょうか?根拠の提示をお願いいたします。

過剰診断をWelch and Blackの定義とすると、いったいどのような根拠に基づいて福島医大チームが過剰診断ではないとしたのか、とても興味があります。世界中の誰もができなかった偉業です。私の理解するところでは、150を越える手術例について、過剰診断がかなりの割合で含まれ、もしかしたら大半が過剰診断であるかもしれないが、ある意味やむを得ず治療介入せざるを得なかった、というものです。過剰診断の割合について私と福島医大チームとで意見の相違はあるかもしれませんが、それにしたって、「過剰診断ではないとしている」というのはありえません。

ツイッターでは林衛さんが根拠らしきものを提示していただきましたが、「治療介入は適切であった」といった意味のことは書かれていても、「(Welch and Blackの定義での)過剰診断ではない」とは書かれていません。発見された病気に過剰診断が含まれていても、それどころか大半が過剰診断であっても治療介入が適切だとされていることはあります(例:大腸ポリペクトミー)。お手数をおかけして申し訳ありませんが、根拠の提示をお願いいたします。ただ単に資料の画像を示して「なとろむさんのご意見は?」などと述べるだけでなく、林衛さんの(私から見ると法外な)主張を裏付ける該当部分がわかるよう、明示してください。

過剰診断の定義はしばしば論者によって異なります。「診断も治療も現在のガイドラインに照らし合わせて適切に抑制的に行っている」という意味で「過剰診断ではない」との福島医大チームの主張を、林衛さんが誤って受け取った、という可能性のほうが高いと私には思われます。あるいは、次のメールで述べるように、林衛さんは「過剰診断」の一般的な定義をご理解していないゆえに話が通じていないという可能性もあります。

なとろむ

要約:福島県における甲状腺がんの過剰診断の割合の正確なところはわからないが、多くがそうであるとは言える。林衛氏は「福島医大チームが過剰診断ではないとしている」とする根拠を提示せよ。林衛氏の理解不足による誤解である可能性が高いと私は考える。