NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

甲状腺がん検診は医療過誤なのか?

「容疑者@白石隆浩 ♀は俺 ♂の嫁♪」さん( https://twitter.com/SOSFukushima/status/943969668510781440 )からのご質問にお答えします。

  • 甲状腺の検査は医療行為である。(YES/NO)

 Yes。医療行為です。

  • ある医療行為には「大きなデメリットがあり、かつ、メリットはほとんどない」ということが標準的知見として得られている状態において、当該の医療行為を行ったならば、その行為は医療過誤である。(YES/NO)

 ほぼYes。医療過誤です。例外については後述。

  • (無症状者に対する)甲状腺検査は「大きなデメリットがあり、かつ、メリットはほとんどない」ということは、標準的知見として得られている。(YES/NO)

 ほぼYes。より適切に言えば、標準的知見となりつつある、です。専門家と一般の臨床医の間でギャップが生じることはしばしばあります。詳しくは後述しますが、風邪に抗菌薬が効かないことは標準的知見であるのに現時点でも風邪に抗菌薬を処方する臨床医の存在はその一例です。

  • (無症状者に対する)甲状腺検査を「今、現時点で行う」ことは医療過誤である。(YES/NO)

 YesともNoとも言えない。後述するようにただちに医療過誤とは言えません。ただし、十分なインフォームドコンセントなく行えば医療過誤と言えるでしょう。グレーな領域です。

 たとえるなら、「風邪の患者に抗菌薬を処方するのは医療過誤か?」という問題と似ています。現時点で、風邪が早く治ると説明してホイホイ抗菌薬を処方するのは医療過誤です。しかし、「これまで風邪のときは抗菌薬を処方してもらっていた。処方を強く希望する。処方してもらえないとものすごく不安である」という患者さんがいたらどうするか。風邪に抗菌薬が効かないことを十分にご説明してもご納得が得られないときに、やむを得ず抗菌薬を処方するのはありだと私は考えます。これは医学的というよりかは、社会的な判断です。"Evidence does not make decisions, people do.(エビデンスが意思決定をするのではない。人々がするのだ)"というわけです。一方で、「医学的に不要であるのだから、患者がいくら希望しても抗菌薬を処方すべきではない」という考え方もあります。これはこれで正しい。

 甲状腺がん検診において「心配な人が病院で説明や甲状腺の検査を受けることのできる体制は維持・拡大。費用は公費負担。公的に検診は積極的に勧めない。集団検診はしない。インフォームドコンセントを十分に」という私の立場が、「もはや自分からは風邪に抗菌薬は処方しないし、推奨もしないけど、どうしても処方して欲しい人がいたら十分にご説明し、やむを得ず処方するのもあり」に相当します。検診のメリット・デメリットについて十分に周知され、人々が自主的に検診を受けないようになるのがいいのではないかと私は考えています。菊池誠さんなどの検診中止を主張する方は、もうちょっと医学寄りの判断をされています。どちらが正しいかは、医師だけで決めるわけにはいきません。科学技術社会論といった分野の専門家のほうが、こういうことに詳しそうです。

 甲状腺がん検診において、「肺炎になって死んだらどうするんだ。どんどん風邪に抗菌薬を処方しろ」に相当するようなことを言っているような人たちもいます。そういう人たちにどうやったらご理解してもらえるのかについても、科学技術社会論の専門家のお知恵を借りたいところです。このエントリーを読んでご納得しない人もいらっしゃるでしょう。問題の本質(標準的知見が変化しつつあるときの臨床の現場における意思決定のあり方)は理解が難しいので、甲状腺がん検診と風邪に対する抗菌薬処方の違いについて延々と述べたりしそうです。そういう人たちにどうやったらご理解してもらえるのかについても、なにかよいアイデアがあればいいのですが。