NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

窓際記者の独り言さんへ

HPVワクチン接種に反対、ないしは消極的な立場の人の中に、子宮頸がん検診の効果について過大評価している人が散見されます。典型的には、「子宮頸がんは定期的な併用検診で100%予防できる」と主張しているはたともこ氏です。思うに、HPVワクチンに反対することで生じる将来の子宮頸がんの発症や死亡に向き合えないのでしょう。

実際のところ、子宮頸がん検診は不完全です。検診で浸潤子宮頸がんの発症や死亡を一定の割合で減らすことができるけれども、「100%近く」防ぐのは無理です。だからこそ、HPVワクチンが開発されてきたという経緯があるのです。より感度の高いHPV-DNA検査を併用しても不可能です。さて、ここでは窓際記者の独り言さんという方のツイートを取り上げます。窓際記者の独り言さんは、「現在ある検診技術を総動員すれば」、100%近く子宮頸がん死を防ぐことが可能だと主張します*1


「併用検診の効果を直接判定した調査は一つもありません」という主張は間違いです。実際には、質の高い研究デザインであるランダム化比較試験(RCT)が複数行われています。4つのRCTを総合した研究は2014年のLancet誌に発表されており*2、その研究によれば、HPV-DNA併用検診は、これまでの細胞診による検診と比較して、浸潤子宮頸がんの罹患率比(rate ratio)は0.6です。

罹患率比が0.6とは、細胞診群から浸潤子宮頸がんの罹患が10人生じるところ、HPV-DNA併用検診群では6人生じることを意味します。つまり、細胞診群と比較してHPV-DNA併用検診群では40%、浸潤子宮頸がんの発症を防げるというわけです。40%でも防げるのはたいへん素晴らしいことですが、「100%近く」ではないですね。検診は完全ではありません。だからHPVワクチンとの併用が推奨されているのです。

はたともこ氏や窓際記者の独り言さんが、「100%近く」可能だと誤解した理由には心当たりがあります。


子宮頸がん検診ついて基礎的な知識があれば「偏った海外研究の恣意的引用」どころか、「3〜5割は見落とし」というのは妥当な数字であることがわかるはずです*3。問題は、「HPV検査との併用なら検診感度は100%近くになる」の部分です。感度が100%近いからといって「HPV検査併用なら100%近く子宮頸がん発症や癌死を防げる」わけではありません。

(がん検診はたいていがそうですが)子宮頸がん検診は広くがんの疑いのある人を拾い上げて、精密検査で治療介入が必要な人を見つけ出します。子宮頸がん検診では精密検査はコルポスコピーという検査です。原著論文にまでさかのぼれば、「検診感度は100%近く」というのが、精密検査で異常がある人をほとんど見落とさないという意味であって、浸潤がんやがん死をほとんど防ぐという意味ではないことがわかります。

「コルポスコピーでの異常をほとんど見落とさないのであれば、浸潤がんやがん死をほとんど防ぐはずだ」という反論が予測できますが間違いです。窓際記者の独り言さんは、そのような主張を裏付ける論文を提示できません(というか、医学論文を読んだり、検索したりという習慣がないとしか思えません)。精密検査での見落としがほとんどゼロになるHPV-DNA併用検診をしてもなお細胞診群と比較して40%しか浸潤子宮頸がんを防げないという証拠からも明らかです。

専門家にとっては、検診が不完全であることなど当たり前です。なので、「HPVワクチンは思ったより危険かもしれない」と主張している専門家は少数ながらいるけれども、「HPV-DNA併用検診を行えば子宮頸がん死をほぼ防げるので、HPVワクチンは不要である」と主張している専門家はいません。専門家のコンセンサスは、「ワクチンも検診も両方必要」です。

HPVワクチンや検診の議論に参加したいのであれば、できればがん検診やワクチンについて基本的なことを理解してからにしたほうがよいと思います。とくに「偏った海外研究の恣意的引用?」とか「サマリーに書いてある内容さえ理解していない」とか他人を批判するならなおさらです


窓際記者の独り言さんに質問です

  • 「少なからぬ専門家が「リスクに見合うだけの効果が見込める」と判断しているその疫学的根拠が、私には非常に危ういものに見えます」*4とのことですが、疫学の勉強をして一次文献にあたった上でそうご判断されたのでしょうか?

窓際記者の独り言さんは、「あなたの議論は単なる論点ズラしです」*5と、質問に答えませんでした。けれども私には重要な論点であると考えます。少なからぬ専門家の判断が正しいかどうかを評価するには、最低限の知識が必要だからです。


  • 「HPV-DNA併用検診を行えば子宮頸がん死をほぼ防げるので、HPVワクチンは不要である」と主張している専門家がいないのはなぜですか?

窓際記者の独り言さんは、「ワクチンメーカーが巨額の資金を使って販促やロビー活動を行い、少なからぬHPVワクチン推進の立場の調査研究に手を貸している」*6からだとほのめかします。これはニセ医学支持者の常套手段でもあります。もちろん、製薬会社の影響はありますが、まったく必要のないワクチンを広く導入させるほどの力はありません。「製薬会社が販促やロビー活動を行えば、大多数の専門家が騙されるか陰謀に乗っかるかすると、窓際記者の独り言さんはお考えなのでしょうか?」とお尋ねしたところ、「製薬メーカーからすれば、広げた網に1割しか入らなくても大成功でしょう。しかも問題は数より影響力」*7とのお返事でした。なるほど、影響力のある少数の専門家に製薬会社に有利な発言をさせることなら可能かもしれません。過去にもそういう事例ならあります。しかしその場合、少数ではない専門家が黙っている理由はなんですか?

  • るいネットとかを根拠にニセ医学の情報を集めて勉強した気になって「西洋医学は信頼できない。私には非常に危ういものに見えます」とか主張しているニセ医学支持者と窓際記者の独り言さんとの違いはありますか?

窓際記者の独り言さんは、るいネットというサイトを引用しています*8。前後のツイートも見ましたが、別に批判的に言及したわけではありません。るいネットは「タバコ発ガン説のウソ」とか「ケムトレイル:核戦争時代のエアロゾルと電磁兵器」とか主張しているサイトです*9。とてもじゃないですが、まともな論者が引用するようなサイトではありません。ニセ医学支持者によくありますが、「中立的な資料、公的な資料や推進派と思しき資料もたくさん読ん」でいるつもりが、(ちょうど「検診感度は100%近く」のように)知識不足によって誤解したり、十分に理解できなかったりしていることがよくあります。窓際記者の独り言さんはそういうニセ医学支持者と区別がつきません。「どの一次資料を読んだのかご呈示ください」という指摘には答えられず、窓際記者の独り言さんは「過去の私のツイート履歴をご確認ください」と返事をしました*10。もちろん、ニセ医学支持者も同じことを言います。ニセ医学支持者と窓際記者の独り言さんの違いがわかりません。

  • 「過剰診断はやり方を工夫すれば、防げますよ」*11とのことですが、どのようなやり方で、どれぐらい過剰診断を防げるのでしょうか?

検診に伴う過剰診断は大きな問題です。検診間隔を空けたり検診対象者を制限したりするなど過剰診断を減らす方法はありますが、その場合、見落としが増えるというトレードオフがあります。そういう意味で仰っているとしたら、「現在ある検診技術を総動員すれば、(100%近く防ぐことが)可能」という主張と整合性が取れません。いったいどのような意味で「過剰診断は防げる」とおっしゃったのか、明確にしてください。