NATROMのブログ

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検診で発見された腫瘍のサイズ分布だけでは過剰診断分を推定することはできない

甲状腺がんは比較的増殖がゆっくりで、他の原因で死亡した人を解剖してみるとかなりの割合で甲状腺がんが見つかることより、前立腺がんと並んで「過剰診断」、つまり、将来、症状を呈したり、死亡の原因になったりしない病気を診断してしまうことが起こりやすい癌です(参考:■「過剰診断」とは何か)。韓国をはじめとする先進諸国において、甲状腺がんの死亡率はほとんど変化していませんが*1、罹患率は上昇しています。複数の専門家が、甲状腺がん罹患率の上昇は過剰診断によると指摘しています*2

しかし、検診で診断された甲状腺がんは、過剰診断分だけではなく、将来、症状を呈するはずだったものも含まれるはずです。たとえば放っておいたら5年後になんらかの症状を呈し、病院に受診して発見されるようなものは、定義上、過剰診断とは言えません。診断された時点では症状がないけれども、将来、症状を呈して発見されるようながんを「前倒し癌」と呼ぶことにしましょう。検診(スクリーニング)で発見された甲状腺がんは、「前倒し癌」か「過剰診断」かのどちらかに分類されます*3

検診で発見された甲状腺がんのうち、どれぐらいが「前倒し癌」で、どれくらいが「過剰診断」なのでしょうか。発見された甲状腺がんを治療せずに放置して、症状が出るか死ぬかするまで、長期間に経過を観察すれば知ることはできます。ただ、そのような臨床試験は倫理的に問題があって実現は難しいでしょう*4。しかし、検診で発見された甲状腺がんのうち、「前倒し癌」あるいは「過剰診断」の割合がどれくらいはまったくわからないというわけではありません。なぜならば、「前倒し癌」で説明可能な罹患率上昇には上限があるからです。詳しくは■「前倒し効果」では継続した罹患率の上昇は説明できないで解説する予定です。少なくとも成人において、検診で発見される甲状腺がんの大半は過剰診断です。

「甲状腺がん罹患率の上昇の大半は過剰診断による」ということを説明する途中において、iPatrioticmomさんから「韓国のデータからは前倒しのほうが多い」との指摘がありました。このエントリーの目的は、韓国における検診で発見された腫瘍のサイズ分布から、「前倒し癌」と「過剰診断」の割合を推定する方法が間違っていることを説明することです。iPatrioticmomさんによれば、「<1cm:1-2cm:>2cm=5:3:2。<1cmの2と1-2cmの2は将来>2cmになるはずなので、過剰診断分は<1cmの3と1-2cmの1。したがって4:6で前倒しのほうが多い」 とのことです。



意味がよくわからない方もいらっしゃると思いますので、図で説明します。






検診で発見された腫瘍のサイズ分布からの過剰診断分の推定(間違っている)



iPatrioticmomさんは、検診で発見された1 cm以下の甲状腺がんのうち、5分の2が成長し、将来、症状を呈するようになるのだと誤解しているのでしょう。しかし、実際のところ、検診で発見された腫瘍のサイズ分布だけからは、どれぐらいが「前倒し癌」で、どれぐらいが「過剰診断」であるかを推定することはできません。「4:6で前倒しのほうが多い」というiPatrioticmomさんの主張は間違いです。

たとえばの話、たまたま別の死因で死なない限り、すべての癌がいずれは症状を呈する場合でも、「1 cm以下:1〜2 cm:2 cm以上=5:3:2」になるケースもあります。「検診で発見されるサイズになってから1 cmまで成長する」のに5年間、「1 cmから2 cmに成長する」まで3年間、「2 cmから症状を呈する」まで2年間かかるような癌があったとしたら、検診で発見される腫瘍のサイズ分布は、「1 cm以下:1〜2 cm:2 cm以上=5:3:2」になります。この場合、過剰診断分はほとんどなく、ほぼすべてが「前倒し癌」です。

逆に、検診で発見された癌の大半が過剰診断であっても、「1 cm以下:1〜2 cm:2 cm以上=5:3:2」になるケースもあります。発生した甲状腺がんのうち大半は症状を呈する前に増殖が止まるかゆっくりになる場合、検診で発見される腫瘍のサイズ分布はいかようにもなりえます。増殖スピードが一定であると仮定すると、実際に観察されるように、サイズが小さいがんが多くなります。検診の感度(小さいがんを一所懸命見つけると1 cm以下の割合が高くなる)や対象者の年齢(高齢者を対象にするとサイズが大きくなる傾向が予想される)にも依存します。

いずれにせよ、検診で発見された腫瘍のサイズ分布だけからで過剰診断分の割合を推定することはできません。韓国において検診で発見された甲状腺がんの大半は過剰診断分ですが、それは腫瘍のサイズ分布から推定されたわけではありません。別の理由があります。甲状腺がんにおける過剰診断について議論をしたければ、まず、なぜ成人の甲状腺がんの罹患率上昇の大半が過剰診断によるとされているのかについて、十分に理解するのがいいと私は考えます。

*1:少なくとも罹患率の上昇から期待されるほどには。いまだにこの注を入れなければならないことに対して徒労を感じる

*2:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24557566 , http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25457916 , http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25372084

*3:本エントリーの論旨とは関係しないが、「前倒し癌」であることは、早期発見による治療介入が死亡その他の有害なアウトカムを予防するための必要条件であって、十分条件ではない。「前倒し癌」を見つけているということだけをもって検診の有効性が証明されるわけではない

*4:サイズが比較的小さい甲状腺がんについては、積極治療vs慎重な経過観察の比較試験が行われる可能性はあると思う