NATROMのブログ

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「T細胞の改変で末期の白血病患者が全快」の元論文を読んでみた

とりあえずやっつけなので、裏のほうへ載せる。適宜、修正する可能性がある。正確性を求める人は、直接、論文を読んでください。


■T細胞の改変で末期の白血病患者が全快、米研究 国際ニュース : AFPBB News


 米ペンシルベニア大(University of Pennsylvania)の研究チームは、患者から採取したT細胞に遺伝子操作を施し、CD19たんぱく質(がん細胞もこれに含まれる)を発現させる全細胞を攻撃するよう改変した。また、副作用を伴わずがん細胞を早期に死滅させるため、他のT細胞とがん細胞が結合した瞬間にT細胞の増殖を促す改変も行った。

 この治療法を適用した3人の慢性リンパ球性白血病(CLL)患者のうち、1人は64歳男性で、血液と骨髄に3キロ分のがん細胞があった。治療後2週間はほぼ何の変化もなかったが、その後吐き気、悪寒、高熱を訴えるようになった。検査の結果、改変T細胞の数が急増しており、吐き気や熱はがん細胞の死滅時に現れる腫瘍(しゅよう)崩壊症候群の症状だと分かった。治療開始から28日目までにがん細胞は死滅し、1年後の検査でもがん細胞は検出されなかった。


がんに対する免疫療法ってのは、以前からなされているけど、いまいちパッとした結果が出ていない。いろいろ理由があるんだろうけど、臨床的に問題になる癌細胞ってのは、免疫の目をかいくぐって増殖できるのが残っていると考えられる。そんなに簡単に免疫で死ぬような癌細胞なら、そもそも増えることができない。なので、免疫療法はいろいろ工夫をしなければならない。いくつか期待できるものもある。けれども、今回の例のような成果が上がっているものは、私の知る限りではない。興味があったので、原著を読んでみた。とりあえず、NEJMのほうだけ。


■Chimeric Antigen Receptor–Modified T Cells in Chronic Lymphoid Leukemia ― NEJM


ただ漫然と「免疫力を上げる」ではなく、リンパ球を細工した。詳細については私は詳しくないが、ウイルスを利用した遺伝子導入技術を使ってCD19という抗原を持つ細胞を攻撃するリンパ球を作ったようだ。「CD19抗原」というのが、重要なキーワード。CD19抗原は、Bリンパ球の前駆細胞やBリンパ球系の癌細胞に発現している。前駆細胞と癌細胞って似ているからね。「癌細胞だけが持つ抗原を攻撃対象にすれば、副作用なく癌が治るんじゃね?」というのがそもそもの発想。

まず、普通の抗癌剤について説明しよう。普通の抗癌剤(細胞障害性抗がん剤)ってのは、細胞分裂をしている細胞に効く。癌細胞ってのはガンガン細胞分裂をしているから、細胞分裂を邪魔してやると弱る。しかし、人の体内で細胞分裂をしているのは癌細胞だけではない。細胞分裂の盛んな正常な細胞もまきぞえを食う。抗癌剤を使うと白血球や血小板が減るのは、骨髄で血球を作っている細胞もガンガン細胞分裂をしているから、まきぞえを食いやすいのだ。そんなわけで普通の抗癌剤は副作用が大きい。

そんで最近出て来たのが、分子標的薬。有名なのはイレッサ。癌細胞が持つ分子を標的にしているから分子標的薬。「細胞分裂の盛んな細胞を全部攻撃」と比較するとスマート。もし、癌細胞だけが持つ分子があればとても素敵なんだけど、そうはうまくはいかない。「癌細胞も持つけど、正常な細胞も持つ」というのが普通。それでもだいぶ効く。血液系の病気によく使われるのがリツキシマブという分子標的薬。CD20抗原に対する抗体。CD20抗原も、B細胞系だけに発現するから、他の細胞がまきぞえを食いにくい。

で、今回のが、ちまちま抗体を入れるのではなく、癌細胞をやっつけるリンパ球を入れちまうという発想。腫瘍崩壊症候群が起こるぐらい効いた。すごい。細胞免疫治療後の腫瘍溶解症候群が起こったのは初めての報告だそうだ。これまでの細胞免疫治療って、劇的に効くものじゃなかった。日本語記事のほうに「副作用を伴わず」とあるが、これは不正確。腫瘍崩壊症候群以外の重篤な副作用はなかった、ということ。重篤でない副作用はある。

すんごい気になるのが、癌細胞だけではなく正常な「Bリンパ球の前駆細胞」もCD19抗原を持つってこと。とうぜん、まきぞえを食う。「末梢血と骨髄からBリンパ球がいなくなった」とか書いてある。大丈夫か。Bリンパ球は抗体を作る働きがある。予想されたように、低ガンマグロブリン血症(血液の中の抗体が足りなくなった)が起こって、免疫グロブリンの点滴をされた。これは「重篤でない副作用」ってことになる。ただし、意外と大丈夫なものらしい。「繰り返す感染症は起こらなかった」とある。

リツキシマブ(CD20抗原に対する抗体)の使用によっても、正常なBリンパ球は減る。リツキシマブについては、広く使用されており、それなりの安全性は確保されている。「リツキシマブが安全に使用できることからわかるように、長期のBリンパ球減少は対応可能だ」みたいなことが書かれている。ただ、「リツキシマブは投与するのをやめればBリンパ球減少は回復するけど、癌細胞をやっつけるリンパ球を入れちまったらどうなるかわからん」とも書かれている。癌細胞をやっつけるリンパ球はけっこうしぶとく生き残って、だからこそ良く効くのだけど、コントロールできなくなるかもしれない。長期の安全性は不明ってことね。あるいは、人によっては、「繰り返す感染症」を起こすかもしれない。この辺は未知数。

あと、他の癌に応用できるか、という問題。CD19抗原のように、癌細胞が目立つ分子(腫瘍抗原)を持っていれば、理論上は同じような治療が可能である。ただ、そんなにうまくはいかないと私は思う。少なくとも万能な治療法ではない。「かなり強い効果を持つ分子標的薬」という位置づけではないか。副作用は強いほうだと思う。少なくとも、一般的に言われている「免疫療法」のような副作用の少なさは期待できないと思う。

それから、「癌細胞をやっつけるリンパ球」自体が、異物として免疫攻撃を受けるかもしれない。普通は、こういう変な抗原を持つ細胞は排除される。今回使用された「癌細胞をやっつけるリンパ球」、対Bリンパ球用だったので、「排除される前に正常なBリンパ球を先制攻撃」した結果、生き残ったのかもしれない。たとえば、膵臓癌が持つ腫瘍抗原を攻撃対象とした「癌細胞をやっつけるリンパ球」を注入しても、そのうち他の免疫細胞が「癌細胞をやっつけるリンパ球」を攻撃して、うまく働かないかもしれない。