NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

強い者は生き残れない 環境から考える新しい進化論


cover

■強い者は生き残れない 環境から考える新しい進化論 [単行本] 吉村 仁 (著)


同じ著者による■素数ゼミの秘密は面白かったが、こちらは期待はずれ。著者の言う、「新しい進化論」のどこらあたりが新しいのか、私には理解できなかったからだ。



サブタイトルにある「新しい進化論」という文言は、現代の進化論=総合学説(ネオ・ダーウィニズム)を意識している。つまり、「適応度の高いもの」、すなわち「強い者」が勝ち残るという適応度万能論へのアンチテーゼである。(P5)


ここでは、平均適応度の高い個体を「強い者」と定義しておこう。つまり「強い者=子孫をたくさん残す者」という図式で、「適応度の低い者は駆逐される」という自然感であった。ここで、平均適応度は、相対適応度でも絶対適応度(または、生涯繁殖成功度、積算増殖率)でもよい。では、私の考える環境変化・変動を考慮に入れたときの進化理論「環境変動説」は、従来の平均適応度の最適化とどこが違うのか?それは、こういうことである。リスクの問題など様々なトレードオフにより強い者が必ずしも生き残れない、つまり「最終的に生き残る者」と「強い者」とは、しばしば一致しないのである。(P122)


「最終的に生き残る者」は、平均適応度が高い=「強い者」ではないかという疑問が湧く。環境が一定という条件下で最適な形質であっても、環境が変われれば不利になると著者は言っている。いくつか例を挙げているが、シジュウカラが恵まれた年ではたとえば13個の卵を産むのが最適であっても環境変動のリスクに備えて実際にはもっと少ない卵しか産まないこと、あるいは、逆に猛禽類がヒナを1羽しか育てないのに卵を2個産む行動について、



2個は万一のための保険なのだ。だから、親ははじめのヒナの無事を確認すると、予備のヒナを捨ててしまう。これはシジュウカラとは逆のパターンである。シジュウカラと猛禽類に共通しているのは、最適を求めるのではなく、「存続、または持続性」を保障する行動である。(P128)


「存続、または持続性」を保障する行動が、最適なのだと、私は思う。常に13個の卵を産むシジュウカラは、相対適応度でも絶対適応度でも低い、つまり「強い者」ではない。卵を2個産む猛禽類の個体は、卵を1個しか産まない個体より、「強い者=子孫をたくさん残す者」である。いったい、どこが「新しい進化論」なのだ?

ビル・ゲイツなどの富豪が積極的に募金するのは「自分の適応度を高めるひとつの手立てとして」(P37)という仮説も疑問だ。他にも、安易に人間の行動を進化論的に説明しているように見える部分が散見される。現代社会の人間の行動を進化論的に説明するときには慎重さが必要だ。