NATROMのブログ

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「ガーダシルの効果は4年で45%まで落ちるらしい」というデマを検証してみた

HPV(ヒトパピローマウイルス)は子宮頸がんの原因である。ワクチンでHPVの感染を防ぐことで子宮頸がんの予防が期待できるが、HPVワクチンについて議論が生じていることは周知の通りである。議論するのは構わないし、むしろ議論するべきだと思うが、その中には「いくらなんでもこれはない」という主張が散見される。しかも私の見るところでは、ワクチン反対派にそうした主張が多い*1

一例として、「CIN3の80%は、5年以内に、癌へ進行することはなく、CIN3の60%は30年以内に浸潤癌に進行しないということです。この数字で、CIN3を癌の指標として使うことは適当なのでしょうか?」*2という主張の不適切さについて指摘した。CIN(子宮頸部上皮内腫瘍:Cervical intraepithelial neoplasia)は子宮頸がんの前がん病変である。子宮頸がん検診を行う目的は、子宮頸がんが進行する前にCINの段階で発見して早期介入することで、子宮頸がんによる死亡を抑制することである。

CIN 3がすべて癌に進行するわけではないのは事実である。しかし、CIN 3のうち、20%が5年以内に、40%が30年以内に浸潤癌に進行するのだ*3。HPVワクチンがCIN 3を抑制できるのであれば、浸潤癌も抑制するであろうと考えるのは合理的である。また、CINのなかでも進行度の高いCIN 3は円錐切除術などの治療の対象である。CIN 3を抑制できるなら、円錐切除術を受ける人を減らせることができるわけで、これもワクチンのメリットである。CIN 3は代理指標であるが、一方で有用な指標でもある。

『葉月のブログ』は、こうした私の指摘*4には具体的な反論をせず、今度は「ガーダシルの効果は4年で45%まで落ちるらしい」と言い始めた*5。ガーダシルとはHPVワクチンの商品名である。「効果は4年で45%まで落ちる」というのは、これまでの知見と矛盾しているように私には思われた。ランダム化比較試験ではもっと効果が高かったはずである。『葉月のブログ』の主張の根拠はVaccine誌に掲載されたLetter to the Editor*6で引用された、調整有病率比(adjusted prevalence ratio)が0.55という数字である。ちなみに雑誌にもよるがLetter to the Editorに掲載される主張は必ずしも質は高くない。ホメオパシーに否定的な論文に対して、ホメオパスからの反論がLetter to the Editorに載ったりすることもある。

Letter to the Editorに引用された論文*7を読んでみて合点がいった。「ガーダシルの効果は4年で45%まで落ちるらしい」という主張は誤りである。だが、一般の読者に伝わるように説明するのは難しい。

HPVワクチンが前がん病変を減らすことは、複数の質の高いランダム化比較試験で証明された疑いようのない事実である。ただ、臨床試験で好成績であっても、実際の臨床の現場、つまり「リアルワールド」で有効かどうかは別問題である。そこで、この論文では、観察研究に基づいてリアルワールドでのHPVワクチンの評価を試みた。調整有病率比が4年後に0.55になることを示したTable 2を引用する。aPRが調整有病率比である。





Hariri S et al, Vaccine. 2015 Mar 24;33(13):1608-13. , Reduction in HPV 16/18-associated high grade cervical lesions following HPV vaccine introduction in the United States - 2008-2012. より引用


赤枠で示したように、HPV 16/18に関連したCIS 3/AIS(上皮内腺癌)において、ワクチン接種から診断まで>48 mos(48か月以上、つまり、4年以上)では調整有病率比は0.55である。これを4年でワクチンの効果が落ちると解釈するのは誤りである。もし4年で効果が落ちるのであれば、4年未満ではもっと調整有病率比は小さい(効果がある)はずである。しかし、3年目までは調整有病率比はほとんど1で、3年以降にやや減少傾向が見られる。

子宮頸がんの自然史とHPVワクチンの作用を考えれば、これらの結果は不思議ではない。現行のHPVワクチンはすでに感染したHPVを排除する作用はない。新たな感染を予防するだけである。また、HPV感染がCINを経て浸潤癌に進展するには数年から十数年はかかる。

リアルワールドでは、HPVワクチン接種はすでにHPVに感染している人に対しても施行される。HPVに感染していない人はワクチンによってHPVに感染しにくくなるが、その効果がCINの有無として見えてくるのは数年後である。ワクチン接種者と未接種者の差は、つまりワクチンの効果は、CIN 2の減少が先行し、次にCIN 3の減少が、その後に浸潤子宮頸がんの減少が生じてくる。

この研究はCIN 2以上の病変は2年後以降に有意差をもって減り、その減り方は年を経るに従い著しくなる。ワクチン接種群は非摂取群と比較して4年以上ではCIN 2以上の病変は調整罹患率比0.28となる。同時にCIN 3以上の病変も遅れて減りつつあること、つまり、リアルワールドでも臨床試験と同じくHPVワクチンに効果があることを示したのがこの論文である。5年目以降では(ワクチンの効果が落ちるどころか)CIN 3以上の病変はさらに減ることが示唆される。なぜなら、先行してCIN 2が減っているからである*8

医療ジャーナリストの伊藤隼也氏が「ガーダシルの効果は4年で45%まで落ちるらしい」というブログをツイートしたのを目にして*9、私がいろいろ調べて個人的に合点するまでは15分間ぐらいだったろうか。このエントリーを書くのには2時間ぐらいかかった。『葉月のブログ』も伊藤隼也氏も、Hariri S(2015)を読んでいないと思う。Letter to the Editorの引用から「ガーダシルの効果は4年で45%まで落ちるらしい」などと書くのは数分、ツイートするのは一瞬である。いちいち突っ込んでいられないが、HPVワクチン関連においては、こうしたデマや不正確な言説があふれている。 「嘘をつくのは低コスト、嘘を検証するのは高コスト」という言葉を思い出した。


*1:「いいや、ワクチン推進派のほうがトンデモな主張をしている」と思われる方は、ご自身でそうしたトンデモな主張を批判していただきたい。その批判が正当なものであれば理解が広まるだろう

*2:『葉月のブログ』http://blog.goo.ne.jp/hazukimutsukinagatsuki/e/b898e690523b117d749d994985ca00e7

*3:引用した数字が正しいと仮定して。現在では原則としてCIN 3を無治療で経過観察することはできないので、CIN 3の正確な自然史はわからない。この数字は過去のデータか、もしくは間接的な推測によるものであろう

*4:https://twitter.com/NATROM/status/690463171656695808

*5:『葉月のブログ』http://blog.goo.ne.jp/hazukimutsukinagatsuki/e/4fa53e2fc9215bf2263c2859038b677a

*6:Vaccine. 2016 Jan 4;34(2):200, http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26232544

*7:Hariri S et al., Vaccine. 2015 Mar 24;33(13):1608-13 , http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25681664

*8:詳細は論文を参照のこと。これらはHPV 16/18特異的な病変の話であって、前がん病変全体の話ではないことに注意。このエントリーにくだらない難癖がつき、医療ジャーナリストが無批判にツイートすることが予測されるが、この研究にはさまざまな制限があることは承知している

*9:https://twitter.com/itoshunya/status/690697963039948800