NATROMのブログ

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韓国における甲状腺がんの手術が減少した

■韓国における甲状腺がんの過剰診断では、1993年と比較して2011年には韓国の甲状腺がんの罹患率が15倍になったという論文を紹介した。同じ著者が、2014年の4月〜6月の四半期から手術の件数が減ったことを報告している*1。図を引用するのが手っ取り早い。棒グラフの棒は、2012年までは韓国における各四半期の甲状腺がんの手術数の平均を、2013年からは各四半期の手術数を表している。






2014年の4月〜6月から韓国における甲状腺がんの手術の件数が減少した。Ahn HS and Welch HG, South Korea’s Thyroid-Cancer “Epidemic” — Turning the Tide, N Engl J Med 2015; 373:2389-2390 より引用。



2001年から2012年までずっと甲状腺がんの手術数は増加し続けている。これは甲状腺がんの真の増加を反映しているのではなく、検診によって発見される数が増えたためであるというのが著者らの見解である。多いときには四半期の平均で10000件以上、つまり年間では40000件以上の甲状腺がんの手術が行われたことになる。ところが2014年の4月〜6月の四半期から急に手術件数が減っている。著者らは35%の減少と見積もっている。もちろん、急に韓国の環境が改善して甲状腺がんの発症が減ったからでなく、人為的な影響である。

2014年3月に、韓国の8人の医師たちが、甲状腺がんの過剰診断を防止するため甲状腺がん検診を行わないよう、医師連帯を作って公開状を書いた。これが韓国国内においてテレビや新聞で報道され、市民が甲状腺がん検診を受けるのを控えたため、甲状腺がんの発見数が減り、手術数の減少につながった。公開状については、2014年3月20日の日付で日本語でも報道されている(■甲状腺癌発病‘世界平均の10倍’?…医師連帯 「過剰検診のせい」 : 政治 : ハンギョレ)。保険給付からの推測では、甲状腺がんの罹患数の減少は30%であった。ということは、手術数の減少は主に、検診で甲状腺がんを発見したけれども手術を控えたのではなく、診断数の減少つまり検診を控えたことによると、著者らは論じている。

「近い将来、検診を控えるようになって、韓国の甲状腺がんの罹患率上昇は止まり、減少に転じると予想する」と私は書いた*2。その予測は半分しか当たっていない。罹患率が減少するであろうという予測は当たった。しかし、その理由として、臨床医学のトップジャーナルに甲状腺がん検診に否定的な論調の論文が掲載されたため、専門家たる医師が甲状腺がん検診を控えるようになるからだろうと私は考えていた。しかし、実際のところは、手術数の減少は、医師の勧めではなく患者の選択を主に反映しているとのことである。

「韓国では甲状腺がん検診および治療はビックビジネスになった」*3ためか、8人の医師連帯による懸念に対して韓国甲状腺協会はネガティブな反応をした。つまり利益相反の疑いがある。もちろん、利益相反だけが理由ではないだろう。別に患者の不利益になると承知しながら金儲けのために検診を行ってきたわけではない。患者の利益になると信じて、甲状腺がん検診を行い治療を行ってきたのである。急に変われといっても難しい。

いったん医学的なトレンドが作られると、いわば「慣性」が働き、覆すのには大きな努力を要する。他人事ではない。風邪に抗菌薬が効かないことはすでに常識と言っていいはずなのに、いまだに処方する医師がいる。専門家たる医師が!

NEJM誌とLancet誌に甲状腺がん検診に否定的な論文が載ったからといって医師たちの行動が変わるだろうという予想は、今から考えると楽観的過ぎた。


*1:South Korea’s Thyroid-Cancer “Epidemic” — Turning the Tide http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc1507622

*2:http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20150630#p1

*3:"Thyroid-cancer screening and treatment have become big business in South Korea."