NATROMのブログ

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石村あさ子助産師の「奇蹟」の体験談

以前、■「非常に感染力の強い方のお産」を扱う助産師 にて、「神霊教」という宗教に入信した助産師の話を紹介した。神霊教のサイトの体験談には「E型肝炎抗原プラス(劇症肝炎)」などと書かれており、医学的には意味がよくわからなかったところがあった。しかし、その後改訂され、医学的には意味が通じるようになった。改訂については、■琴子の母様がトラブルに巻き込まれる - 新小児科医のつぶやきの対照表がわかりやすい。「新小児科医のつぶやき」と重複する部分もあるが、改訂前後でどのように記載が変わったのか検証し、また、改訂後の記述による経過についての解説を試みたい。

改訂前後の比較




改訂前





改訂後。■数々の安産と家庭円満をよびこむ奇跡の力より引用。


変更点は主に5点ある。


(1)母親が「E型肝炎抗原プラス(劇症肝炎)」であったのが「B型肝炎」に変更された。
(2)母親が「E型肝炎がほぼうつらない抗体に変わっていた」であったのが「B型肝炎のHBe抗原がHBe抗体に変わっていた」に変更された。
(3)石村助産師が定期検診にて異常がなかったという記載が追加された。
(4)開業後5年で病院の連携から離れ、病院に頼らなくてもいいお産ができる、という記述が削除された。
(5)「非常に感染力の強い方のお産」は、自宅出産ではなく、連携病院にてオープンシステム下での事例であり、助産所ガイドライン作成後は石村助産師はガイドラインに則っているという注釈が追加された。


(1)(2)については改訂後に医学的に意味の通るようになった。(3)についても、助産師に感染がなかった根拠の追加であり、とくに問題は無いように思う。

(5)が事実であれば、改訂前はもちろん改訂後も、この「奇蹟によって安産と家庭円満」の体験談は、いささか読者を誤解させる内容ではないか。「家庭出産を扱う助産婦として活躍」「家庭出産をした人はみな産むのが楽しいとおっしゃいます」という記述の後で、「感染力の強い方のお産」の話をすれば、「感染力の強い方のお産」は家庭出産の事例であったと読者が解釈して当然であろう。しかも改訂前には「病院に頼らなくてもいいお産ができます」と書いてあったのだ。改訂後であっても「自然に生きていれば、自然な出産もできる」という記述は残っている。

なお、「奇蹟の体験者たち 神霊教で奇蹟を体験した方々を紹介するBlog」*1には、「私は10年間で500ほどの家庭出産を手がけていますが、逆子だったり、妊婦さんが肝炎を患っていたりと、色々なケースに出合います」との記述がある。素直に解釈すれば、「連携病院にてオープンシステム下での事例」以降に、別の肝炎に罹患した妊婦のケースを経験したということになる。

B型肝炎で非常に感染力の強い方のお産がうまくいったのは「奇跡の力」によるものなのか?

石村あさ子助産師の体験談は「奇跡の力によって安産を体験した人々のことを紹介します」「奇蹟によって安産と家庭円満」として紹介されている。何が奇跡とみなされているのか。以下の3つであろう。


(1)石村助産師はB型肝炎に対する抗体を持っておらず、予防接種をしていないにも関わらず、「非常に感染力の強い方」の血を浴びたのに感染しなかった。
(2)母親のB型肝炎のHBe抗原がHBe抗体に変わっていた。
(3)生まれたこどもにも感染していなかった。


劇症E型肝炎を自宅出産させたのならまあ奇跡と言っていいだろうが、改訂後の記述を見る限りでは、なにも奇跡的なところはないように私には思える。まず(1)血を浴びたのに感染しなかった、については、確かにB型肝炎ウイルスはきわめて感染力の強い病原体ではあるが、血を浴びたからといって必ず感染するわけではない。血を浴びたときの感染率についての文献は見つからなかったが、針刺し事故による感染率が参考になるだろう。報告によっても差はあるが、概ね「HBe抗原陽性患者からの針刺し事故による感染率は約30%と言われている」*2。つまり針刺し事故を起こしても70%は感染は成立しない。B型肝炎は健康な皮膚からは感染しないとされており、針刺し事故よりも「血を浴びた」場合のほうが感染率が高いとは考えにくい。

(2)母親のB型肝炎のHBe抗原がHBe抗体に変わっていた点についても、B型肝炎の自然経過として説明可能である。患者の年齢にもよるが、B型肝炎ウイルス持続感染者の85〜90%がHBe抗原がHBe抗体に変わるとされている*3

(3)生まれたこどもに感染しなかったのは、おそらく母子感染予防対策が行われたためである。日本では1986年以降は母子感染防止事業が行われており、B型肝炎ウイルス陽性の母親から生まれた児に対して、出生直後のHBIG(抗HBs人免疫グロブリン製剤)投与および3回のB型肝炎ワクチン投与がなされる。この対策による母子感染防止の成功率は約95%とされている。

この事例は「今から15年位前のこと」であるそうなので、母子感染防止事業開始後の話である。未受診や産科医の怠慢による母子感染防止対策からの漏れがないわけではないが、この事例ではきわめて考えにくい。なぜなら、母親のHBe抗原およびHBe抗体が検査されているからである。それも、一時点ではなくその後のフォローまでされている。このようにB型肝炎について十分に配慮している産科医が、母子感染防止を怠るなんてことがありうるだろうか。

以上、「奇跡の力によって安産を体験した人々のことを紹介します」として挙げられた事例は、特に奇跡と考えなくても説明しうることを論じた。最後に申したいことは、もし私の推測通りに母子感染防止対策が行われていたのであれば、その旨もきちんと記載していただきたい。このままでは、神霊教のおかげで新生児が感染しなかったように読者が誤解してしまう(もし母子感染防止対策を行っていなかったのであれば、その事実および理由を記載するべきであろう)。

「自分の体を傷つけないで自然に生きていれば、自然な出産もできる」とあるが、この事例でもし「自然な出産」を行っていれば、児はB型肝炎に感染していた可能性が高いと思われる。「HBs抗原陽性かつHBe抗原陽性の妊婦から出生した乳児を放置した場合、その感染率が100%」と言われている。*4。一信者としての発言ならともかく、助産師という肩書で話をする以上、「自然な出産」のリスクにも言及していただきたい。


*1:URL:http://srkblog.info/archives/219846.html

*2:独立行政法人国立国際医療研究センター 肝炎情報センター、URL:http://www.ncgm.go.jp/center/forcomedi_ah.html

*3:大阪大学大学院医学系研究科 内科系臨床医学専攻 消化器内科学、URL:http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/gh/patient_target.html

*4:B型肝炎母子感染防止対策の手引き、URL:http://www.jaog.or.jp/japanese/jigyo/boshi/hbs/tebikid.htm