肝臓癌の治療薬にソラフェニブという薬がある。商品名はネクサバール。日本では2009年5月から保険適応となった。肝臓癌の治療法は、部分肝切除術、ラジオ波焼灼療法、肝移植、腫瘍塞栓術、持続動注化学療法など複数あり、病期や肝障害の程度によって使いわける。ソラフェニブは切除不能な肝細胞癌が対象となる。海外で行われた二重盲検プラセボ対照試験では、生存期間の中央値はソラフェニブ群で 10.7 ヵ月,プラセボ群で 7.9 ヵ月であった*1。
ちなみに、薬価は、1錠5000円強。標準的な投与量は1日あたり4錠なので、1日あたりにすると2万円強、1ヶ月あたり60万円強ということになる。保険適応になっているから、患者さんの自己負担は60万円の3割で18万円。これは高額療養費制度の適応になるので、平均的な所得の人ならば、ソラフェニブ以外の医療費も含めて自己負担額は8万円強程度になる。差額は組合・政府などの保険者の負担になる。これは、まわりまわって、税金や保険料からまかなわれることになる。3ヶ月間の生存期間延長に対して1ヶ月あたり60万円強の医療費は高いとお思いだろうか?私は高いとは思わない。残された時間の少ない人にとって、3ヶ月間という時間がどれだけ貴重か。
しかし、使える医療費は有限である。今後、治療法はどんどん改良されて、生存期間は延長していくだろう。そのぶんだけ医療費も余計にかかることになる。実際に、乳癌や大腸癌については、化学療法が進歩して予後は大幅に改善した一方、増大する医療費が問題になっている。
■アピタル_わたしのがん対策_年間の医療費は? ああ高い! 抗がん剤(朝日新聞)
がんになったら医療費はどれくらいかかるのだろうか。東北大の濃沼信夫教授(医療管理学)らは04年から全国の主要病院でがん患者6604人に協力を求め、医療費のアンケートをした。入院・外来医療費、交通費、健康食品費、装具費などを含む自己負担額は平均で年間100・7万円だった。このうち62・5万円が高額療養費の払い戻し、税金の還付金、民間保険給付などで戻り、実質負担は38・2万円だった=グラフ。
高額療養費は、公的医療保険で、自己負担が限度額を超えた分を負担しなくてよかったり後で払い戻されたりする制度。調査で高額療養費の適用になる患者は52・6%を占めた。がん患者にとっては高額療養費が当たり前だ。
特に、化学療法を受けた患者(1150人)は平均で年間133・1万円を自己負担し、75・2万円が戻り、実質負担は57・9万円だった。自己負担分をまかなうために貯蓄を取り崩した人が63・8%を占めた。 医師691人への調査では、患者の経済的理由で治療内容を変えた経験がある人は11・7%。患者数全体の中では1%以下とみられる。
濃沼教授は「がん新薬はバイオ技術で作られる時代になった。よく効くが開発費もかかり高価だ。将来、薬代が高すぎて治療が受けられない患者が例外でなくなるかもしれない」と語る。
この記事は、「高額な抗がん剤治療をする病院に製薬会社などが寄付したり、薬代を割り引いたりする仕組みがあれば、患者は助かるのではないか」という提案で締められている。現時点では、がん患者に過大な負担がかからないような制度を整備することに私も賛成である。日本の総医療費は、国際的に見れば相対的に少なく、改善の余地がある。エビデンスの十分にある治療法については、患者の経済的状況に関わらず、公平に受けることができる制度が望ましい。しかし、総医療費を増やすためには、税金や保険料を上げる必要がある。現時点でも、税金や保険料が上がるのはごめんだ、という人もいるだろうし、総医療費を増やすのに賛成する人でも、際限ない医療費の増大までは容認できないであろう。
有限な医療費をどのように分配するか。がん患者にではなく、別の分野(たとえば救急医療や産科領域)に予算を分配すべきだという主張もあるだろう。現時点ではともかくとして、将来は、単に「効果がある」というだけでは公的保険の適応にならず、費用対効果が厳しく問われるようになるだろう。現在でも「経済的理由で治療内容を変えた」患者さんはいるものの、いまだ「患者数全体の中では1%以下とみられる」。しかし、将来は、「お金の切れ目が命の切れ目」が普通になる時代が来る。