NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

ホメオパシーの有効な利用法

ホメオパシーのレメディは実質的に砂糖玉と一緒で、薬理的な効果は何もない。にも関わらず、というか、だからこそ、診療でレメディが使えたら、結構便利だろう。いくらでも使いようはある。たとえば、

  • 薬に抵抗のある人に

「ワクチンは嫌」「ステロイドって副作用が酷いんでしょう?」などと、副作用を過度に恐れて、医学的に必要な薬の使用を嫌がる人がいる。薬を使わないより、薬+砂糖玉のほうがまし、という場合には、「薬の有害性を打ち消すレメディー」を同時に摂ってもらうことで、薬の使用に納得を得やすくなる。実際には「薬の有害性を打ち消す」のではなく、「薬に対する不安感を打ち消す」ことを期待して使う。

  • 薬が不要の人に

一方で、単なる風邪に対して、「総合感冒薬と解熱薬と咳止めと抗生物質と胃薬を処方してください」などと、医学的には不要なのにやたらと薬を希望する患者さんもいる。そういう患者さんには、「自然治癒力を引き出すレメディー」を摂ってもらう。別にレメディーに引き出されなくても自然治癒力は働く。漢方薬でも代用できなくはないが、漢方薬には有効成分が含まれているので、稀ながら副作用が出る可能性がある。100%砂糖のレメディなら安心だ。(■良心的なホメオパシーで、フランスでは医師がちょっとした風邪にレメディを処方している運用方法を紹介した)。

  • 他に治療法のない人の心の安寧

進行癌で標準的な治療がなくなってしまった人は、高価な代替療法に頼るか、あるいは緩和ケア(ホスピス)しかないのが現状である。病状が進行すれば緩和ケアでもいいが、まだそこまで全身状態が悪くない人は、いわゆる「がん難民」となってしまう。詐欺まがいの高価な代替療法にひっかかるぐらいなら、砂糖玉のほうがまだマシなのではないか。少なくとも、患者さんが「あなたにできる治療法はありません」と突き放されることはなくなる。(■インフォームドコンセントのコストで、「治らない」「ホスピスを探してください」と医師が言うがゆえに、患者が詐欺まがいのインチキ代替療法にひっかかるのだ、という主張について論じた)。



医師以外のホメオパシーの利用方法もありうる。

  • ホメオパスによるカウンセリングやトリアージ

「話を聞いてもらうだけで安心して症状が改善する」ような患者さんもいる。医師が話を聞いてあげられればいいのだが、医師不足のために十分な時間がとれないし、コストも高くつく。基本的な医学知識のみを習得させたホメオパスに対応させるほうが、コストは安くつく。医学知識は「重篤な疾患を見逃さないこと」に特化させる。たとえば、「胸痛」「激しい頭痛」「38度以上の発熱」「自殺念慮」は即座に医師に相談する、「38度以下の発熱」「腹痛を伴わない下痢」「不眠」はレメディ処方で3日間経過をみて改善がない場合には医師に相談する、などのルールをつくる。医師が診察して、ホメオパスでも診れると判断した場合の「下請け」も行う。(患者の満足度を上げるために「お話を聞く」役目をつくるというアイディアは■あるいは愚痴で論じた)。

  • セルフケアによる安心感

無駄な救急車利用や時間外受診が問題となっている。むやみやたらと医療機関を受診して医療資源を浪費するより、砂糖玉でもなめてもらったほうがましである。問題は、「大丈夫だと思って様子をみていたけど実は重篤な病気だった」というケース。今でも、「子供が発熱しても元気があれば様子を見ましょう。活気がなかったり尿が出ていなかったりした場合は受診しましょう」などといった指針はある。しかし、「元気がある子供の発熱は緊急の受診の必要はない」と言われても親は不安であろう。「元気がある子供の発熱は、レメディを投与して様子を見る」という指針のほうが安心する親がいるかもしれない。砂糖玉は安全なので、医師やホメオパスでなくても使用できる。(■良心的なホメオパシーで、医師の診察を受けるべき基準を明確に示してあるホメオパシーの本を紹介した)。


「ホメオパシーの有効利用」の問題点

運用次第では、ホメオパシーも有効であるように思える。しかし、現実的には日本において有効なホメオパシーの運用には問題がある。二点ほど問題点を挙げよう。一点目は、ホメオパシーは、現代医学の否定と強く結び付いているという現実がある。ホメオパシー団体は、「現代医学を否定してない。現代医学と協力してやっている」と自称しているが、それは建前に過ぎない。具体的な実例は、■喘息に対するステロイド治療を否定するホメオパシー■ホメオパシーと医療ネグレクト■ホメオパシーについて朝日新聞が詳報、などで論じた。「ホメオパシーを有効利用しよう」というメッセージは、こうした現代医学を否定するホメオパシー団体に悪用されるであろう。現代医学を否定するホメオパシー団体が、ホメオパシーを有効利用する可能性を殺したのだ。

二点目は、インフォームド・コンセントの問題である。ホメオパシーの有効利用と、「十分な情報を提供した上での患者の選択」とは衝突する。「レメディはただの砂糖玉」であることを知らされたとしたら、末期がん患者にとってはたしてホメオパシーが心の安寧になるだろうか?「代替医療のトリック」 の著者たちは、プラセボ効果を期待した代替医療の使用に批判的である*1



われわれがプラセボにもとづく代替医療は用いるべきではないと考える主な理由のひとつは、医師と患者の関係が、嘘のない誠実なものであってほしいと思うからだ。この数十年ほどのあいだに、医師と患者が情報を共有し、十分なインフォームド・コンセントにもとづいて関係を作り上げていく方向にはっきりと合意が進んだ。それにともない、医師たちは、成功する可能性がもっとも高い治療法を用いるために、《科学的根拠にもとづく医療》の立場をとることになった。プラセボ効果しかない治療に多少とも頼ることは、めざすべき目標のすべてをくつがえすことだ。(P315)


プラセボ効果ではなく心の安寧を期待する場合も、基本的には同様である。「騙されていた方が患者のためである」というパターナリズム的な医療である。「薬に抵抗のある人」「薬が不要の人」に対するホメオパシー使用も、同様にパターナリズム的な医療である。根本に「患者より医師の方が薬の効果について正しく判断できる。患者のために医師が判断してあげなければならない」という前提があるからだ。ホメオパシーの有効使用は、患者の自己決定権とのトレードオフになる。ホメオパシーが伝統的な医療である欧州で、ホメオパシーが公的保険から外される動きが出てきたのは、以前と比較して患者の自己決定権が重視されつつあることも関係があるのではないか、と個人的には考えている。


*1:個人的には、限定的な場面では医療にパターナリズムが必要になることもあり、ゆえに、医師の裁量の範囲内でプラセボにもとづく代替医療を使用していいケースもありうると考える