NATROMのブログ

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ウイルスに寄生するウイルス〜D型肝炎ウイルス〜

一説によると、すべての生物種の5分の4は寄生者であるらしい*1。たとえばヒトとかネコとかゾウとか目につく大きな動物1種に対して、寄生する種は数多くいるだろう。複数の種に寄生する寄生種もいるだろうから、その辺をならして大雑把に宿主1種あたり寄生種4種ぐらいということか。ま、数え方次第である。ヒトとサナダムシだと寄生関係にあると明確だが、何をもって寄生というのか、ウイルスを生物種とみなすかどうか、など、判定が微妙な場合もある。

その辺を踏まえた上で、あえて「寄生される種でもっとも最小の生物は何か?」と問おう。生物学に詳しい人ならば、バクテリオファージに寄生される大腸菌を挙げるだろう。なかなかいい線だ。しかし、もっと小さい生物もいる。B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus, HBV)を私は推したい。B型肝炎ウイルスに寄生する生物とは、D型肝炎ウイルス(hepatitis delta virus, HDV)である。寄生と言えるのか、そもそもウイルスは生物と言えるのか、という問題は「定義次第」という都合の良いラベルを張って棚に置いておく。

D型肝炎をよく知っているという読者は少ないだろう。臨床的に問題となるウイルス性肝炎はまずB型肝炎とC型肝炎である。慢性化して肝癌の原因となるからで、薬害関係でよくニュースにも取り上げられる。ついでA型肝炎とE型肝炎で、これは慢性化することはないが、急性肝炎を起こし、ときには劇症化して死因となることもある。一方、D型肝炎はマイナーな部類に入る。B型肝炎を重症化させると言われているが、日本では比較的まれであり、D型肝炎ウイルスが単独で感染することがないからだろう。D型肝炎ウイルスの感染は、B型肝炎のウイルスの感染下でのみ起こる。D型肝炎ウイルスはB型肝炎ウイルスが存在しないところでは増殖できない。なぜなら、ウイルス粒子の外殻の蛋白質をB型肝炎ウイルスから借りているからだ。





デルタ抗原はHBs抗原に被われた小さなRNA粒子である

“シャーロック”肝臓病学より改変引用


デルタ抗原の情報はD型肝炎ウイルス自身が持っているが、HBs抗原の情報はB型肝炎ウイルスが持っている。複製に必要な他の酵素や材料はヒトの細胞から拝借する。D型肝炎ウイルスはヒトおよびB型肝炎ウイルスに寄生していると言っていいだろう。D型肝炎ウイルスゲノムには外殻の蛋白質のコードがないため、コンパクト。WikipediaによればD型肝炎ウイルスは動物に感染する最小の「ウイルス」であるそうだ*2。ウイルス粒子のサイズはB型肝炎ウイルスと変わらないだろうから、ゲノムサイズが最小という意味だろう。もともと、ウイルスは自己複製に必要最小限の情報しか持たないが、D型肝炎ウイルスはいきつくとこまで行っている感がある。無駄がなく美しい。

*1:「進化」大全 P293

*2:URL:http://en.wikipedia.org/wiki/Hepatitis_D