NATROMのブログ

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「タミフルで死亡」は本当?

NPO法人医薬ビジランスセンターの浜六郎氏が、2009A/H1N1インフルエンザ(新型インフルエンザ)の死亡例において、受診後死亡の半数以上はタミフルが原因であった可能性がある、という説を主張している。浜六郎氏は、まず、インフルエンザによる死亡を、突然型と進行型に分類する。


■「新形インフルで死亡」は本当? 『薬のチェック』37号より


まず、死亡にいたる経過を検討すると、大きく2つのタイプがあることがわかりました。

1つは、急に呼吸異常を呈したり、意識障害に引き続き死亡した場合や、あるいは、心肺停止や死亡状態で発見されたケースです。

2つ目は、急速だけれども連続して悪化が進行したケースです。

いずれの場合も多くは悪化後は人工呼吸器などが必要となり、最終的に亡くなっていました。前者を「突然型」(速報No136、137で述べた5歳の子が典型)、後者を「進行型」に分類しました。

受診する前に急変したり突然死された場合もありますが、その場合も2つの型に分けて検討しました。

突然型が54人、進行型が20人でした。突然型54人のうち、受診後に突然急変した人が44人、受診前が10人でした。また、進行型の20人のうち受診後に進行した人が13人、受診前に進行していた人が7人でした。


突然型と進行型という分類が妥当かどうかは不明であるが、とりあえず正しいものとして受け入れよう。浜六郎氏は、続いて「疫学的に検討」し、「タミフルを使うと、進行型で死亡するより突然死する危険が11倍高まる」と計算した。



悪化する前にタミフルを服用していた割合は全体では、突然型が54人中36人(67%)、進行型では20人中3人(15%)と著しい違いがありました。この数字を用いて疫学的に検討をすると、タミフルを使うと、進行型で死亡するより突然死する危険が11倍高まると計算できます(オッズ比11.33、95%信頼区間2.68-85.91、p<0.0001)(なお、タミフルが処方された場合は、特別服用していなかったとの断りが無い限りは、タミフルを服用したものと扱いました)。


オッズ比を計算しているところからみて、「疫学的な検討」とは、症例対照研究に準じたものだと思われる。症例(たとえば肺癌)および対照のそれぞれを暴露あり(たとえば喫煙群)、暴露なし(たとえば非喫煙群)に分けて以下のような2×2の表をつくると、オッズ比ORは、OR=(a/c) / (b/d) =ad/bcとなる。





オッズ比


暴露が疾患のリスク因子であったら、ORは1より大きくなる。その大きさでリスクの大きさを評価することができる。浜六郎氏がやった計算を2×2表にしたのが以下である。





進行型を対照とみなすとオッズ比は11.33倍


計算してみると、確かにオッズ比は11.33となる。浜六郎氏は、「タミフルを服用した場合、進行型になるより、1日以内に突然死する危険度が約40倍」という計算も行い、「突然の呼吸停止や死亡とタミフル使用との間には、極めて強い関連が認められた」とし、最終的に、「受診後にタミフルを服用して突然死した場合、その93%はタミフルが関係したと推定できました。タミフルを服用していた36人中、33人はタミフルが原因であった可能性があり、受診後死亡した人の半数以上となります」と結論している。あたかも「タミフルを飲んだから死亡」したかのように浜六郎氏は書いているが、浜六郎氏の使用したデータを用いて、タミフルが死亡を抑制した可能性があるという結論も引き出せるのだ。






突然型を対照とみなすとオッズ比は0.088倍
悪化する前にタミフルを服用していた割合は全体では、進行型では20人中3人(15%)、突然型が54人中36人(67%)と著しい違いがありました。この数字を用いて疫学的に検討をすると、タミフルを使うと、突然死するより進行型で死亡する危険が11分の1に下がると計算できます(オッズ比0.08824、95%信頼区間0.02284-0.3409、p<0.0001)


なぜ同じデータを使用して、一方ではタミフルが死亡を増やすような結論が出て、もう一方ではタミフルが死亡を減らすような結論が出るのだろうか?それは対照群が不適切だからである。オッズ比が11倍(あるいは11分の1)というのは、あくまでもタイプの異なる死亡を対照にした場合の計算である。症例対照研究で、タミフルが死亡を増やすか減らすかを検討したいのであれば、対照は死亡しなかったインフルエンザ患者であるべきだ。

「突然型」と「進行型」の差は、浜六郎氏が示唆した「タミフルが突然型の死亡を増やす」という可能性以外に、「タミフルが進行型の死亡を抑制する」ことでも説明可能である。ウイルス粒子が細胞膜から分離するのを阻害するというタミフルの作用機序から考えると、タミフルが効果を発揮するまでには若干の時間がかかると思われる。そのため、急速に病状が悪化する「突然型」の死亡を抑制することはできないが、一方で「進行型」の死亡は抑制できるという可能性は十分にある。実際に、季節性のインフルエンザについては、タミフルが死亡を抑制するとするエビデンスは存在する*1。「進行型」の死亡において、悪化する前にタミフルを服用していた割合が20人中3人(15%)という数字は、日本の現状を考えるにきわめて低く、新型インフルエンザにおいても「進行型」の死亡を防ぐにはタミフルの早期投与が必要であることを示唆している。

WHOは、重症肺炎や致死的な合併症を避けるため、ハイリスク患者に対してはタミフルやリレンザなどの抗ウイルス薬の早期投与を推奨している*2。日本感染症学会は、ハイリスク患者に限らず、「可能な限り全例に対する発病早期からの抗インフルエンザ薬による治療開始が最も重要である」としている*3。タミフルが健康成人の死亡を減らすかどうかについては議論の余地はあるが、タミフルでかえって死亡が増えるなどと主張しているのは、私の知る限り浜六郎氏のグループだけである。薬害の可能性について警鐘を鳴らすという役割を担う人も必要ではあるが、浜六郎氏の主張にはあまりにも杜撰なものが多い。狼少年になっていないか。これでは本当に狼が襲ってきたときに信じてもらえないだろう。